入って来たのは、二人の宮女であった。
このあと、さまざまな波瀾万丈なできごとを折り交えながら、桂華生はネパールの国王を「天山雪蓮」で中毒から救い、白衣の少女=王女と結ばれるのであった。
いままで紹介したあらすじが、物語の約半分位です。この後もかなり良い場面があるのですが、著作権問題もあるので、このぐらいにしておきます。原文は、こちらなどから入手できます。
2008年3月10日月曜日
2008年1月2日水曜日
冰魄寒光剣 (17)
ティモダドの功力は、桂華生よりはるかに上をいっている。巨大な潜力が海のように山のように桂華生に押し寄せてくる。「まずい」、桂華生は剣を抜き軽功を駆使してたちむかう。ティモダドの掌力によって建物の梁や柱が折れ、辺り一面朦々としているなか、「達磨剣法」とあの白衣の少女と創りあげた「冰川剣法」のあと悟った二つのすさまじい技をもって立ち向かう桂華生にティモダドも簡単には手が出せない。
軽功では桂華生がわずかに優れているとはいえ、ティモダドの功力ははるかに上だ。軽功と宝刀を武器になんとか支えていた桂華生も、しだいに疲れがでて、耳のなかはワンワン鳴り響き、目の前に火花が飛び交い、まさにティモダドの一掌が桂華生の脳天を襲おうとしたとき、大きなため息とともにティモダドの掌力がさっと消えた。
「中国の武功は奥が深い。あと十年もすれば儂もおまえの敵ではないかもしれぬ。約束の時はすぎた。さあ行くがいい。」
あたりが静まりかえるなか、御林軍総督のうめき声が聞こえてきた。紅い袈裟の僧が彼を助けおこしながらゆっくりと前にでてきて怒鳴った。
「小僧! どんな妖術をつかったのだ! 総督をこんな目にあわせおって。」
もともと総督は、桂華生によって「天枢穴」を点穴されていたのだ。この「天枢穴」は背中の十八道大穴の中心であって、しかも桂華生の点穴たるや巧妙をきわめ、最初はただ痒いだけだが次第に幾千幾百の針が刺されたように痒く痛くなり、それは耐え難いものなのである。
「総督、あなたは師匠が毒を解毒できないと思っているようだが、我ら師弟は毒を放つことも解くこともできる。今回はわずかばかりの毒なので総督はあと七日ばかり生きられるけれど、もし毒が多かったなら、今頃は七つの穴から血を流し、死んでいるところですよ。」
総督は、桂華生の話を聞くや痒みと痛みがますます増してくるのに動転し、「よくもこんな目にあわせたな。八つ裂きにしてくれるわ!」と怒鳴りつけた。だが、桂華生はカラカラと笑いながら言った。
「総督、私たちを殺してしまえば、毒を解く者がいなくなりますよ。」
ティモダドは、一目見るや総督は桂華生によって点穴されていることを見抜いた。あまりの痒みと痛みに耐えられず、総督の背中は衣服が切り裂かれ剥き出しになっている。そして剥き出しになっている背中は紅く腫れ上がり、ただならぬ毒によるもののようだ。ティモダドは中国の点穴について多少なりとも知識はあった。だが目の前の事態は己の手に負えるものではないことをはっきり自覚している。そして桂華生に点穴を解いてくれと頼むことは、己の面子を失うだけだ。紅い袈裟の僧が彼に助けを求めようとしたそのとき、「儂は、ここのことにはもうかかわらないと言ってある。二言はないぞ。」 ティモダドは首を横にふった。
ティモダドが助けてくれないと知った総督は、心中寒からぬものが走った。急に語気を和らげ、「どうすればいいのかの?」と桂華生にむかって言った。
「わたしを国王のところに連れて行ってください。国王の病気を治して差し上げます。」
こう言う桂華生にたいし、総督は「もし今日のことが国王に知れれば、この命があるだろうか?」と自問するのであった。
まさにそのとき、外の重い鉄の門が軋む音が聞こえてきた。
軽功では桂華生がわずかに優れているとはいえ、ティモダドの功力ははるかに上だ。軽功と宝刀を武器になんとか支えていた桂華生も、しだいに疲れがでて、耳のなかはワンワン鳴り響き、目の前に火花が飛び交い、まさにティモダドの一掌が桂華生の脳天を襲おうとしたとき、大きなため息とともにティモダドの掌力がさっと消えた。
「中国の武功は奥が深い。あと十年もすれば儂もおまえの敵ではないかもしれぬ。約束の時はすぎた。さあ行くがいい。」
あたりが静まりかえるなか、御林軍総督のうめき声が聞こえてきた。紅い袈裟の僧が彼を助けおこしながらゆっくりと前にでてきて怒鳴った。
「小僧! どんな妖術をつかったのだ! 総督をこんな目にあわせおって。」
もともと総督は、桂華生によって「天枢穴」を点穴されていたのだ。この「天枢穴」は背中の十八道大穴の中心であって、しかも桂華生の点穴たるや巧妙をきわめ、最初はただ痒いだけだが次第に幾千幾百の針が刺されたように痒く痛くなり、それは耐え難いものなのである。
「総督、あなたは師匠が毒を解毒できないと思っているようだが、我ら師弟は毒を放つことも解くこともできる。今回はわずかばかりの毒なので総督はあと七日ばかり生きられるけれど、もし毒が多かったなら、今頃は七つの穴から血を流し、死んでいるところですよ。」
総督は、桂華生の話を聞くや痒みと痛みがますます増してくるのに動転し、「よくもこんな目にあわせたな。八つ裂きにしてくれるわ!」と怒鳴りつけた。だが、桂華生はカラカラと笑いながら言った。
「総督、私たちを殺してしまえば、毒を解く者がいなくなりますよ。」
ティモダドは、一目見るや総督は桂華生によって点穴されていることを見抜いた。あまりの痒みと痛みに耐えられず、総督の背中は衣服が切り裂かれ剥き出しになっている。そして剥き出しになっている背中は紅く腫れ上がり、ただならぬ毒によるもののようだ。ティモダドは中国の点穴について多少なりとも知識はあった。だが目の前の事態は己の手に負えるものではないことをはっきり自覚している。そして桂華生に点穴を解いてくれと頼むことは、己の面子を失うだけだ。紅い袈裟の僧が彼に助けを求めようとしたそのとき、「儂は、ここのことにはもうかかわらないと言ってある。二言はないぞ。」 ティモダドは首を横にふった。
ティモダドが助けてくれないと知った総督は、心中寒からぬものが走った。急に語気を和らげ、「どうすればいいのかの?」と桂華生にむかって言った。
「わたしを国王のところに連れて行ってください。国王の病気を治して差し上げます。」
こう言う桂華生にたいし、総督は「もし今日のことが国王に知れれば、この命があるだろうか?」と自問するのであった。
まさにそのとき、外の重い鉄の門が軋む音が聞こえてきた。
2007年12月22日土曜日
2007年10月17日水曜日
冰魄寒光剣 (16)
背後から襲ってきたのは、三寸もある銅の釘の暗器であった。桂華生は、「鉄琵琶指」の技を使ってこの暗器をはじき飛ばしたが、十本の指がみなしびれてしまうほどその威力はすさまじかった。ネパールの都に来たその日にこのような強敵に出会うとは、まさに心中寒からぬものがあった。
暗器をはじき飛ばしたそのとき、桂華生は捕まえていた総督を放したが、彼はひそかに総督の「天枢穴」に点穴をほどこしていた。「天枢穴」に点穴された総督はおおきな叫び声をあげ、地べたの上をのたうちまわっている。さらに巴勒に襲いかかろうとした武士にたいして、桂華生は「劈空掌」の技をくりだし、一挙に七、八名を地べたに這いつくばらせてしまった。
混乱のなか、「どけ!」という一喝とともに、ひとりの髪が長く、彫りの深い顔立ちの男がはいってきた。「中国から来たのか?」「腕がたつな!」というや、手を伸ばして桂華生の手を握った。桂華生は、とっさに気をめぐらせ対抗したが、巨大な力が押し寄せてきたかとおもうと、突然消え、かろうじて身を支えるのが精一杯であった。だが、桂華生もだまってはいない。攻撃をかわすと同時に急所に点穴をおみまいしてやったのだ。しかし、この男は「閉穴」の技も会得していてびくともしない。しかもその技は、中国の一流の使い手に勝るとも劣らない高みに到達していたのである。
「おまえは、わしとたたかってみるだけの資格はあるな。」 こう嘯くこの男こそ、アラブ第一の使い手・ティモダドである。
「あの隅にある蝋燭が燃え尽きるまえに、おまえを倒せなかったら、見逃してやる。しかし、おまえを倒したら、総督に楯突いた以上、総督におまえを始末して頂くことにするが、いいな。」
ティモダドは、もうほとんど燃えてしまって、消えるまでに半時もかからない巨大な蝋燭を指さしていった。
「よし。」 こうして、桂華生とティモダドの壮絶な闘いがはじまった。
暗器をはじき飛ばしたそのとき、桂華生は捕まえていた総督を放したが、彼はひそかに総督の「天枢穴」に点穴をほどこしていた。「天枢穴」に点穴された総督はおおきな叫び声をあげ、地べたの上をのたうちまわっている。さらに巴勒に襲いかかろうとした武士にたいして、桂華生は「劈空掌」の技をくりだし、一挙に七、八名を地べたに這いつくばらせてしまった。
混乱のなか、「どけ!」という一喝とともに、ひとりの髪が長く、彫りの深い顔立ちの男がはいってきた。「中国から来たのか?」「腕がたつな!」というや、手を伸ばして桂華生の手を握った。桂華生は、とっさに気をめぐらせ対抗したが、巨大な力が押し寄せてきたかとおもうと、突然消え、かろうじて身を支えるのが精一杯であった。だが、桂華生もだまってはいない。攻撃をかわすと同時に急所に点穴をおみまいしてやったのだ。しかし、この男は「閉穴」の技も会得していてびくともしない。しかもその技は、中国の一流の使い手に勝るとも劣らない高みに到達していたのである。
「おまえは、わしとたたかってみるだけの資格はあるな。」 こう嘯くこの男こそ、アラブ第一の使い手・ティモダドである。
「あの隅にある蝋燭が燃え尽きるまえに、おまえを倒せなかったら、見逃してやる。しかし、おまえを倒したら、総督に楯突いた以上、総督におまえを始末して頂くことにするが、いいな。」
ティモダドは、もうほとんど燃えてしまって、消えるまでに半時もかからない巨大な蝋燭を指さしていった。
「よし。」 こうして、桂華生とティモダドの壮絶な闘いがはじまった。
2007年10月2日火曜日
冰魄寒光剣 (15)
「ご老人は、医で世の中をお救いになっておられる。御林軍に楯突くなどあろうはずがありません。」
「わしもさっぱり訳がわからんのだよ。これが吉なのか凶なのか‥。まったくわからん。」
「さらに詳しく話してください。」と桂華生に促されて、巴勒は、今夜御林軍の総督に呼ばれていること、国王が慢性の毒に侵されていること、その毒を除かなければ三ヶ月後には死因がわからないような状態で死んでしまうこと、などなどを語った。そして、ともかく総督に呼ばれているから出かけるという巴勒を説得して、桂華生は巴勒の召使いに変装して総督の別荘(それは密かにもうけられた監獄でもあるのだが)へ向かうのであった。
立ち並ぶ武士に囲まれ、待ちかまえていた総督のそばには、かつて桂華生が魔鬼城で手合わせしたことのある紅い袈裟の僧がすわっていた。だが、幸運にも召使いに変装していた桂華生は、なんら気づかれることがなった。
総督は、巴勒にたいして、「国王は病気ではなく、たんなる頭痛にすぎない。頭痛の処方箋をかけ。」とせまる。桂華生もすぐにその意図を察した。「もし国王が中毒で死んでも、国中第一の神医・巴勒が証明していれば誰も怪しむ者はいない」のだ。
きっぱりと断る巴勒にたいし、総督と紅い袈裟の僧が迫るなか、桂華生の怒りが爆発した。居並ぶ武士たちを倒し、総督をつかまえ、盾にして、国王のもとへ行こうとするそのとき、後ろから巨大な力が押し寄せてきた。なんと、それはアラブ第一の使い手・ティモダドであった。
「わしもさっぱり訳がわからんのだよ。これが吉なのか凶なのか‥。まったくわからん。」
「さらに詳しく話してください。」と桂華生に促されて、巴勒は、今夜御林軍の総督に呼ばれていること、国王が慢性の毒に侵されていること、その毒を除かなければ三ヶ月後には死因がわからないような状態で死んでしまうこと、などなどを語った。そして、ともかく総督に呼ばれているから出かけるという巴勒を説得して、桂華生は巴勒の召使いに変装して総督の別荘(それは密かにもうけられた監獄でもあるのだが)へ向かうのであった。
立ち並ぶ武士に囲まれ、待ちかまえていた総督のそばには、かつて桂華生が魔鬼城で手合わせしたことのある紅い袈裟の僧がすわっていた。だが、幸運にも召使いに変装していた桂華生は、なんら気づかれることがなった。
総督は、巴勒にたいして、「国王は病気ではなく、たんなる頭痛にすぎない。頭痛の処方箋をかけ。」とせまる。桂華生もすぐにその意図を察した。「もし国王が中毒で死んでも、国中第一の神医・巴勒が証明していれば誰も怪しむ者はいない」のだ。
きっぱりと断る巴勒にたいし、総督と紅い袈裟の僧が迫るなか、桂華生の怒りが爆発した。居並ぶ武士たちを倒し、総督をつかまえ、盾にして、国王のもとへ行こうとするそのとき、後ろから巨大な力が押し寄せてきた。なんと、それはアラブ第一の使い手・ティモダドであった。
2007年9月28日金曜日
冰魄寒光剣 (14)
桂華生は巴勒とすっかり意気投合して、ネパールの姫の婿取りの話をしているとき、ひとりの武士がやってきて巴勒に慇懃に礼をして、一つの銀の小箱を差し出 した。そのあと、この武士は一言もしゃべらず、すぐに帰っていってしまった。あっけにとられた桂華生は、巴勒に目をやると、銀の小箱を持つ手が小刻みに震 えているではないか。あたかも災いを前にしているかのように。
「ご老人、なにかお困りでも?」
「お気遣い、礼を申します。なにもござらぬ。もう遅いので、帰らなくては。」
別 れを告げた桂華生は、巴勒の身に災いが降りかかりつつあるの感じ、ひそかに後をつける。巴勒の屋敷を確かめ、あたりに人の気配がないこと確認するや、直ち に軽功を駆使して屋根に飛び乗り、中を窺う。なかでは、テーブルの上の銀の小箱の蓋が開けられ、玉、翡翠、金などが見える。だが、巴勒は中にあった手紙を 手に、ぼんやりとして、ため息をつくのみである。
桂華生が部屋のなかにに音もなくはいり、 「ご老人、何かご心配ごとでもお有りですか? 小生がお役に立てれば。」と声をかけると、びっくりした巴勒は、「なんと真義にあついお方であることよ。感服いたしますぞ。でも、やはり関わらない方がいい。」とため息まじりに言うのであった。
「ご老人がお困りなのを放ってはおけません。」
「私は酒屋でお若いのの腕に触れたとき、その脈から並々ならぬお方だとわかったし、絶世の武術を究められていることも知っている。しかし、異国の方が国王の軍・御林軍に刃向かうのは好まぬのでのう。」
「ご老人、なにかお困りでも?」
「お気遣い、礼を申します。なにもござらぬ。もう遅いので、帰らなくては。」
別 れを告げた桂華生は、巴勒の身に災いが降りかかりつつあるの感じ、ひそかに後をつける。巴勒の屋敷を確かめ、あたりに人の気配がないこと確認するや、直ち に軽功を駆使して屋根に飛び乗り、中を窺う。なかでは、テーブルの上の銀の小箱の蓋が開けられ、玉、翡翠、金などが見える。だが、巴勒は中にあった手紙を 手に、ぼんやりとして、ため息をつくのみである。
桂華生が部屋のなかにに音もなくはいり、 「ご老人、何かご心配ごとでもお有りですか? 小生がお役に立てれば。」と声をかけると、びっくりした巴勒は、「なんと真義にあついお方であることよ。感服いたしますぞ。でも、やはり関わらない方がいい。」とため息まじりに言うのであった。
「ご老人がお困りなのを放ってはおけません。」
「私は酒屋でお若いのの腕に触れたとき、その脈から並々ならぬお方だとわかったし、絶世の武術を究められていることも知っている。しかし、異国の方が国王の軍・御林軍に刃向かうのは好まぬのでのう。」
2007年9月13日木曜日
冰魄寒光剣 (13)
山をおりた桂華生は、国境をこえネパールへと入った。折しも季節は旧暦五月、いたるところに鳥のさえずりが聞こえ、花の香りがただよっている。まさに山中の氷雪の世界と比べれば別天地である。現代の旅人が「東方のスイス」にたとえるような風光明媚な風景を目の当たりにして、桂華生はしきりに「なんて静かで美しい景色だろう」と讃えるのであった。また、ネパールは仏教国でもある。とくに桂華生の興味をひいたものに、塔の四方の面に四対の目が画かれている仏塔がある。この目は「慧眼」といって仏陀の智慧と慈悲をあらわしているということをネパールに来てから知った。このような塔を初めて見たのは魔鬼城のなかであり、そのときは奇異に感じたのであるが、見慣れればたしかに美しいし、穏やかで優しく魅力的である。
行くこと十数日、ネパールの都・加徳満都(カトマンズ)についた。カトマンズは、周囲を山々に囲まれ、まさに天然の城郭をなしている。この「加徳」は木を意味し、「満都」は寺を意味するという名前の由来通り、街々には大小の寺があり、その多くは木造であった。桂華生は、カトマンズに来て、この都がすっかり気に入った。
街をぶらついているうち、喉の渇きをおぼえた彼は、一軒の酒屋に入った。そこで、五十過ぎのひとりの老人と知り合い、すっかり意気投合したのであったが、この老人こそネパール随一の神医と称されている巴勒(バレイ)であった。
2007年8月21日火曜日
冰魄寒光剣 (12)
方今明の一撃が少年の肩に打ち込まれると、なんと奇妙なことに、彼の身体はグーンと伸び、からだの肉はグニャと曲がり、左掌が突如向きを変えて方今明の拳を掴んでしまった。
桂華生は驚いた。しかしかれはボダラ宮でインドの武術に関する本を読んでいたから、とっさにヨガの術であることを見抜いた。少年は、ヨガの術が至上の境地にまで達していないとみえ、大汗をかいてなんとかもちこたえている。方今明といえば、こちらも頭から白い湯気をだし、必死で支えている。二人の力は拮抗していて、もしどちらかが力をゆるめれば、ゆるめた方が傷をおうのは目に見えている。ただ全身全霊を集中して対峙するしかないのだ。二人が身動きはもとより話しをすることさえできない事態をまえに、このままいけばふたりとも傷をおってしまうと見てとった桂華生は、全身に気をめぐらせ防御の体勢をとり、掌心に力を集中させ、「野馬分須」の技を使って二人の力を自らうけとめ、押し寄せてくる巨大な力をさっと身をかわして近くの木にむけた。ドカンという木が裂ける大きな音とともに、二人をわけてしまったのである。
花を引き抜いたことの償いに、このインドの少年は気前よく少女に望遠鏡をくれた。少女の喜ぶ姿をみて、方今明の怒りも和らぎ、三人はお互いの名前を名乗った。この少年は、インドの龍葉大師の弟子で、雅徳星と名乗り、奇薬「天山雪蓮」を探しに来て、花畑の花を引き抜いた経緯を語った。
桂華生が、「天山雪蓮」はヒマラヤにはないことを教えると、雅徳星は失望を隠さなかった。そうした彼の姿をみて、桂華生はこんなところまで探しにくるとはきっと深い訳があるだろうと、自分が持っている三個の「天山雪蓮」のうち一つを彼に与えてしまった。
別れ際に、桂華生がネパールへ行こうとしている事を知ると、雅徳星は思わず、「あなたも試験を受けに行かれるのですか?」と口走った。試験とはなにかと問われると、彼は余計なことを言ってしまったという表情で、ネパールの姫が夫を選ぶための試験がネパールでは行われていることを渋々語った。
その試験とは、まず難しい問題の試験を通ったあと、宮女との武術の試合に勝ち、さらに姫との試合に勝たなければならないというのだ。去年から始まった試験にいままで誰も合格した者がいないというのである。
(注)夫を選ぶのに武術の試合をして勝てば合格、というのを「比武招親」(武芸の試合をして婿をとる)というのだそうです。金庸の「射鵰英雄伝」にもこの「比武招親」の話がでてきます。これも武侠小説の一つのパターンといえるでしょう。
桂華生は驚いた。しかしかれはボダラ宮でインドの武術に関する本を読んでいたから、とっさにヨガの術であることを見抜いた。少年は、ヨガの術が至上の境地にまで達していないとみえ、大汗をかいてなんとかもちこたえている。方今明といえば、こちらも頭から白い湯気をだし、必死で支えている。二人の力は拮抗していて、もしどちらかが力をゆるめれば、ゆるめた方が傷をおうのは目に見えている。ただ全身全霊を集中して対峙するしかないのだ。二人が身動きはもとより話しをすることさえできない事態をまえに、このままいけばふたりとも傷をおってしまうと見てとった桂華生は、全身に気をめぐらせ防御の体勢をとり、掌心に力を集中させ、「野馬分須」の技を使って二人の力を自らうけとめ、押し寄せてくる巨大な力をさっと身をかわして近くの木にむけた。ドカンという木が裂ける大きな音とともに、二人をわけてしまったのである。
花を引き抜いたことの償いに、このインドの少年は気前よく少女に望遠鏡をくれた。少女の喜ぶ姿をみて、方今明の怒りも和らぎ、三人はお互いの名前を名乗った。この少年は、インドの龍葉大師の弟子で、雅徳星と名乗り、奇薬「天山雪蓮」を探しに来て、花畑の花を引き抜いた経緯を語った。
桂華生が、「天山雪蓮」はヒマラヤにはないことを教えると、雅徳星は失望を隠さなかった。そうした彼の姿をみて、桂華生はこんなところまで探しにくるとはきっと深い訳があるだろうと、自分が持っている三個の「天山雪蓮」のうち一つを彼に与えてしまった。
別れ際に、桂華生がネパールへ行こうとしている事を知ると、雅徳星は思わず、「あなたも試験を受けに行かれるのですか?」と口走った。試験とはなにかと問われると、彼は余計なことを言ってしまったという表情で、ネパールの姫が夫を選ぶための試験がネパールでは行われていることを渋々語った。
その試験とは、まず難しい問題の試験を通ったあと、宮女との武術の試合に勝ち、さらに姫との試合に勝たなければならないというのだ。去年から始まった試験にいままで誰も合格した者がいないというのである。
(注)夫を選ぶのに武術の試合をして勝てば合格、というのを「比武招親」(武芸の試合をして婿をとる)というのだそうです。金庸の「射鵰英雄伝」にもこの「比武招親」の話がでてきます。これも武侠小説の一つのパターンといえるでしょう。
2007年7月22日日曜日
冰魄寒光剣 (11)
方今明は、この地に隠れ住む前に、桂華生とは一面識あっただけだが、この人里離れたヒマラヤの奥地での再会は親しみ数十倍で、直ちに家に泊まっていくように引き留めた。そこからわずか数里のところにある方今明の家は、中国の江南地方の形式で、桂華生はチベットに来て初めて見る江南形式の家屋におもわず懐かしさで喜びがこみ上げてくるのであった。
ここで、桂華生は、皇帝雍正や年羹堯の末路を詳しく語ると、方今明は大声で喝采し喜んだ。方今明の妻はチベット族であり、彼がこの地に来てから結婚したのであるが、夫の友人をはじめてもてなすことに大喜びで、真心込めた料理の山で歓待した。
次の日、桂華生と方今明はつれそって、チョモランマがよく見えるところまでいって、その雄大さに打たれている最中、突如菜園の方角から木の葉の笛の高い響きが聞こえてきた。二人が飛ぶようにして戻ると、顔が黒く薄汚れた少年が手振り手真似で少女に話しかけていた。少女は、父親をみるや、「こいつは、お花をやたらに引き抜いたうえ、私をいじめるの!」 と、大声で叫んだ。
方今明は、怒り心頭に発し、身を翻して、この少年に「百歩押拳」の猛烈な一撃を食らわした。桂華生は、この少年が昨日の二人と違って悪意がないこと、薄汚れた顔の下に気品に満ちた整った顔立ちが隠されていることを素早く見て取って、止めようとしたがすでにおそく、岩をも割ることのできる方今明の一撃は少年の肩にうちこまれてしまったのである。
ここで、桂華生は、皇帝雍正や年羹堯の末路を詳しく語ると、方今明は大声で喝采し喜んだ。方今明の妻はチベット族であり、彼がこの地に来てから結婚したのであるが、夫の友人をはじめてもてなすことに大喜びで、真心込めた料理の山で歓待した。
次の日、桂華生と方今明はつれそって、チョモランマがよく見えるところまでいって、その雄大さに打たれている最中、突如菜園の方角から木の葉の笛の高い響きが聞こえてきた。二人が飛ぶようにして戻ると、顔が黒く薄汚れた少年が手振り手真似で少女に話しかけていた。少女は、父親をみるや、「こいつは、お花をやたらに引き抜いたうえ、私をいじめるの!」 と、大声で叫んだ。
方今明は、怒り心頭に発し、身を翻して、この少年に「百歩押拳」の猛烈な一撃を食らわした。桂華生は、この少年が昨日の二人と違って悪意がないこと、薄汚れた顔の下に気品に満ちた整った顔立ちが隠されていることを素早く見て取って、止めようとしたがすでにおそく、岩をも割ることのできる方今明の一撃は少年の肩にうちこまれてしまったのである。
2007年7月10日火曜日
冰魄寒光剣 (10)
行くこと一ヶ月有余、広漠たるたる黄砂や茫々たる草原を突き抜けて、ついにネパールとの国境のヒマラヤ山のふもとにたどりついた。ヒマラヤのきらめく雪の峰が雲を穿ちそびえたつ様は、天山、崑崙、峨嵋などの山々とは比べものにならない、まさに天下至高無上の大名山というものであった。
桂華生は、もともと山の裾をまわっていこうと思っていたのであるが、この天下第一の高山を前にして、頂上に登れなくても、もっと上の方までいってみたい気持ちにかられ、行く先をヒマラヤの峰の方へと変えた。登ること四日目、氷河の脇に湧きでた温泉の熱であたり一面お花畑になっているところにやってきた。そして、そのお花畑のなかで、花を摘む四、五歳の少女を認めたのである。
「こんなところに可愛い女の子が花を摘んでいる」といぶかしがって、ゆっくりと女の子に近づき声をかけようとしたそのとき、岩陰から異様な格好をした二人の男が女の子に向かって襲いかかった。これらの男たちは、ボダラ宮の本のなかに描かれていたアラブ人そっくりであったが、そのうちの一人が女の子に掴みかかった。「子供をいじめるな!」 桂華生は、一喝とともにその男にとびかかった。
捕まえていた少女を放り出して、男たちは二人で桂華生にたちむかってきた。桂華生がくりだすすさまじい掌力を、彼等はサッと受け止めて無力化してしまう。なるほど、彼等はアラブ第一の使い手・ティモダドの弟子であったのだ。たたかうこと半時あまり、「おじさん、慌てないで。お父さんを呼ぶわ。」 少女が木の葉を唇にあて、ピーと高く響き渡る笛を吹いた。
「子供をいじめるのは誰だ!」 五十過ぎの男がすぐにかけつけてきた。 「方先輩、あなたですか。」「華生老弟、よく来たな。」 この子供の父親、方今明は『神拳無敵』とよばれ、清朝十四皇子につかえていたが、四皇子允楨が皇位を簒奪し十四皇子が殺されるにおよんで、唐暁瀾大侠の勧めで清朝廷への士官に見切りをつけ、追っ手の追及をのがれるためにこのヒマラヤの奥地に隠れ住んでいたのであった。桂華生は、唐暁瀾が天山七剣のひとり易蘭珠の弟子である縁で、方今明とは十数歳のときに一度だけあったことがあるのだが、二人ともまだ覚えていたのである。
二人の男は、並び立って、陰陽掌力を徐々に強めてきた。桂華生は、一喝のもと巨大な金剛掌力をうちだすとともに、ただちにその力を消してしまった。この巨大な掌力の変化に二人の男はなすすべもなく、その後は完膚無きまでに叩きのめされるのみであった。
桂華生は、もともと山の裾をまわっていこうと思っていたのであるが、この天下第一の高山を前にして、頂上に登れなくても、もっと上の方までいってみたい気持ちにかられ、行く先をヒマラヤの峰の方へと変えた。登ること四日目、氷河の脇に湧きでた温泉の熱であたり一面お花畑になっているところにやってきた。そして、そのお花畑のなかで、花を摘む四、五歳の少女を認めたのである。
「こんなところに可愛い女の子が花を摘んでいる」といぶかしがって、ゆっくりと女の子に近づき声をかけようとしたそのとき、岩陰から異様な格好をした二人の男が女の子に向かって襲いかかった。これらの男たちは、ボダラ宮の本のなかに描かれていたアラブ人そっくりであったが、そのうちの一人が女の子に掴みかかった。「子供をいじめるな!」 桂華生は、一喝とともにその男にとびかかった。
捕まえていた少女を放り出して、男たちは二人で桂華生にたちむかってきた。桂華生がくりだすすさまじい掌力を、彼等はサッと受け止めて無力化してしまう。なるほど、彼等はアラブ第一の使い手・ティモダドの弟子であったのだ。たたかうこと半時あまり、「おじさん、慌てないで。お父さんを呼ぶわ。」 少女が木の葉を唇にあて、ピーと高く響き渡る笛を吹いた。
「子供をいじめるのは誰だ!」 五十過ぎの男がすぐにかけつけてきた。 「方先輩、あなたですか。」「華生老弟、よく来たな。」 この子供の父親、方今明は『神拳無敵』とよばれ、清朝十四皇子につかえていたが、四皇子允楨が皇位を簒奪し十四皇子が殺されるにおよんで、唐暁瀾大侠の勧めで清朝廷への士官に見切りをつけ、追っ手の追及をのがれるためにこのヒマラヤの奥地に隠れ住んでいたのであった。桂華生は、唐暁瀾が天山七剣のひとり易蘭珠の弟子である縁で、方今明とは十数歳のときに一度だけあったことがあるのだが、二人ともまだ覚えていたのである。
二人の男は、並び立って、陰陽掌力を徐々に強めてきた。桂華生は、一喝のもと巨大な金剛掌力をうちだすとともに、ただちにその力を消してしまった。この巨大な掌力の変化に二人の男はなすすべもなく、その後は完膚無きまでに叩きのめされるのみであった。
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