NHKの木曜時代劇をたまたま見たら、藤沢周平原作の「風の果て」をやっていました。以前に読んだ印象とかなり変わっていて失望したので、口直しに『藤沢周平全集』を引っ張り出してきて、読み直しました。やはり原作はいい!
一冊を読み始めたら、止まらなくなって、いま6~7冊めに突入しています。このままだと全二十数巻を読まずにはすまされない感じです。「金庸や梁羽生もいいけど、藤沢周平もやはりいいなあ」などと思っています。
そんなわけで、 『冰魄寒光剣』の紹介はかなり不定期になるかもしれません。
2007年10月17日水曜日
冰魄寒光剣 (16)
背後から襲ってきたのは、三寸もある銅の釘の暗器であった。桂華生は、「鉄琵琶指」の技を使ってこの暗器をはじき飛ばしたが、十本の指がみなしびれてしまうほどその威力はすさまじかった。ネパールの都に来たその日にこのような強敵に出会うとは、まさに心中寒からぬものがあった。
暗器をはじき飛ばしたそのとき、桂華生は捕まえていた総督を放したが、彼はひそかに総督の「天枢穴」に点穴をほどこしていた。「天枢穴」に点穴された総督はおおきな叫び声をあげ、地べたの上をのたうちまわっている。さらに巴勒に襲いかかろうとした武士にたいして、桂華生は「劈空掌」の技をくりだし、一挙に七、八名を地べたに這いつくばらせてしまった。
混乱のなか、「どけ!」という一喝とともに、ひとりの髪が長く、彫りの深い顔立ちの男がはいってきた。「中国から来たのか?」「腕がたつな!」というや、手を伸ばして桂華生の手を握った。桂華生は、とっさに気をめぐらせ対抗したが、巨大な力が押し寄せてきたかとおもうと、突然消え、かろうじて身を支えるのが精一杯であった。だが、桂華生もだまってはいない。攻撃をかわすと同時に急所に点穴をおみまいしてやったのだ。しかし、この男は「閉穴」の技も会得していてびくともしない。しかもその技は、中国の一流の使い手に勝るとも劣らない高みに到達していたのである。
「おまえは、わしとたたかってみるだけの資格はあるな。」 こう嘯くこの男こそ、アラブ第一の使い手・ティモダドである。
「あの隅にある蝋燭が燃え尽きるまえに、おまえを倒せなかったら、見逃してやる。しかし、おまえを倒したら、総督に楯突いた以上、総督におまえを始末して頂くことにするが、いいな。」
ティモダドは、もうほとんど燃えてしまって、消えるまでに半時もかからない巨大な蝋燭を指さしていった。
「よし。」 こうして、桂華生とティモダドの壮絶な闘いがはじまった。
暗器をはじき飛ばしたそのとき、桂華生は捕まえていた総督を放したが、彼はひそかに総督の「天枢穴」に点穴をほどこしていた。「天枢穴」に点穴された総督はおおきな叫び声をあげ、地べたの上をのたうちまわっている。さらに巴勒に襲いかかろうとした武士にたいして、桂華生は「劈空掌」の技をくりだし、一挙に七、八名を地べたに這いつくばらせてしまった。
混乱のなか、「どけ!」という一喝とともに、ひとりの髪が長く、彫りの深い顔立ちの男がはいってきた。「中国から来たのか?」「腕がたつな!」というや、手を伸ばして桂華生の手を握った。桂華生は、とっさに気をめぐらせ対抗したが、巨大な力が押し寄せてきたかとおもうと、突然消え、かろうじて身を支えるのが精一杯であった。だが、桂華生もだまってはいない。攻撃をかわすと同時に急所に点穴をおみまいしてやったのだ。しかし、この男は「閉穴」の技も会得していてびくともしない。しかもその技は、中国の一流の使い手に勝るとも劣らない高みに到達していたのである。
「おまえは、わしとたたかってみるだけの資格はあるな。」 こう嘯くこの男こそ、アラブ第一の使い手・ティモダドである。
「あの隅にある蝋燭が燃え尽きるまえに、おまえを倒せなかったら、見逃してやる。しかし、おまえを倒したら、総督に楯突いた以上、総督におまえを始末して頂くことにするが、いいな。」
ティモダドは、もうほとんど燃えてしまって、消えるまでに半時もかからない巨大な蝋燭を指さしていった。
「よし。」 こうして、桂華生とティモダドの壮絶な闘いがはじまった。
2007年10月2日火曜日
冰魄寒光剣 (15)
「ご老人は、医で世の中をお救いになっておられる。御林軍に楯突くなどあろうはずがありません。」
「わしもさっぱり訳がわからんのだよ。これが吉なのか凶なのか‥。まったくわからん。」
「さらに詳しく話してください。」と桂華生に促されて、巴勒は、今夜御林軍の総督に呼ばれていること、国王が慢性の毒に侵されていること、その毒を除かなければ三ヶ月後には死因がわからないような状態で死んでしまうこと、などなどを語った。そして、ともかく総督に呼ばれているから出かけるという巴勒を説得して、桂華生は巴勒の召使いに変装して総督の別荘(それは密かにもうけられた監獄でもあるのだが)へ向かうのであった。
立ち並ぶ武士に囲まれ、待ちかまえていた総督のそばには、かつて桂華生が魔鬼城で手合わせしたことのある紅い袈裟の僧がすわっていた。だが、幸運にも召使いに変装していた桂華生は、なんら気づかれることがなった。
総督は、巴勒にたいして、「国王は病気ではなく、たんなる頭痛にすぎない。頭痛の処方箋をかけ。」とせまる。桂華生もすぐにその意図を察した。「もし国王が中毒で死んでも、国中第一の神医・巴勒が証明していれば誰も怪しむ者はいない」のだ。
きっぱりと断る巴勒にたいし、総督と紅い袈裟の僧が迫るなか、桂華生の怒りが爆発した。居並ぶ武士たちを倒し、総督をつかまえ、盾にして、国王のもとへ行こうとするそのとき、後ろから巨大な力が押し寄せてきた。なんと、それはアラブ第一の使い手・ティモダドであった。
「わしもさっぱり訳がわからんのだよ。これが吉なのか凶なのか‥。まったくわからん。」
「さらに詳しく話してください。」と桂華生に促されて、巴勒は、今夜御林軍の総督に呼ばれていること、国王が慢性の毒に侵されていること、その毒を除かなければ三ヶ月後には死因がわからないような状態で死んでしまうこと、などなどを語った。そして、ともかく総督に呼ばれているから出かけるという巴勒を説得して、桂華生は巴勒の召使いに変装して総督の別荘(それは密かにもうけられた監獄でもあるのだが)へ向かうのであった。
立ち並ぶ武士に囲まれ、待ちかまえていた総督のそばには、かつて桂華生が魔鬼城で手合わせしたことのある紅い袈裟の僧がすわっていた。だが、幸運にも召使いに変装していた桂華生は、なんら気づかれることがなった。
総督は、巴勒にたいして、「国王は病気ではなく、たんなる頭痛にすぎない。頭痛の処方箋をかけ。」とせまる。桂華生もすぐにその意図を察した。「もし国王が中毒で死んでも、国中第一の神医・巴勒が証明していれば誰も怪しむ者はいない」のだ。
きっぱりと断る巴勒にたいし、総督と紅い袈裟の僧が迫るなか、桂華生の怒りが爆発した。居並ぶ武士たちを倒し、総督をつかまえ、盾にして、国王のもとへ行こうとするそのとき、後ろから巨大な力が押し寄せてきた。なんと、それはアラブ第一の使い手・ティモダドであった。
2007年9月28日金曜日
冰魄寒光剣 (14)
桂華生は巴勒とすっかり意気投合して、ネパールの姫の婿取りの話をしているとき、ひとりの武士がやってきて巴勒に慇懃に礼をして、一つの銀の小箱を差し出 した。そのあと、この武士は一言もしゃべらず、すぐに帰っていってしまった。あっけにとられた桂華生は、巴勒に目をやると、銀の小箱を持つ手が小刻みに震 えているではないか。あたかも災いを前にしているかのように。
「ご老人、なにかお困りでも?」
「お気遣い、礼を申します。なにもござらぬ。もう遅いので、帰らなくては。」
別 れを告げた桂華生は、巴勒の身に災いが降りかかりつつあるの感じ、ひそかに後をつける。巴勒の屋敷を確かめ、あたりに人の気配がないこと確認するや、直ち に軽功を駆使して屋根に飛び乗り、中を窺う。なかでは、テーブルの上の銀の小箱の蓋が開けられ、玉、翡翠、金などが見える。だが、巴勒は中にあった手紙を 手に、ぼんやりとして、ため息をつくのみである。
桂華生が部屋のなかにに音もなくはいり、 「ご老人、何かご心配ごとでもお有りですか? 小生がお役に立てれば。」と声をかけると、びっくりした巴勒は、「なんと真義にあついお方であることよ。感服いたしますぞ。でも、やはり関わらない方がいい。」とため息まじりに言うのであった。
「ご老人がお困りなのを放ってはおけません。」
「私は酒屋でお若いのの腕に触れたとき、その脈から並々ならぬお方だとわかったし、絶世の武術を究められていることも知っている。しかし、異国の方が国王の軍・御林軍に刃向かうのは好まぬのでのう。」
「ご老人、なにかお困りでも?」
「お気遣い、礼を申します。なにもござらぬ。もう遅いので、帰らなくては。」
別 れを告げた桂華生は、巴勒の身に災いが降りかかりつつあるの感じ、ひそかに後をつける。巴勒の屋敷を確かめ、あたりに人の気配がないこと確認するや、直ち に軽功を駆使して屋根に飛び乗り、中を窺う。なかでは、テーブルの上の銀の小箱の蓋が開けられ、玉、翡翠、金などが見える。だが、巴勒は中にあった手紙を 手に、ぼんやりとして、ため息をつくのみである。
桂華生が部屋のなかにに音もなくはいり、 「ご老人、何かご心配ごとでもお有りですか? 小生がお役に立てれば。」と声をかけると、びっくりした巴勒は、「なんと真義にあついお方であることよ。感服いたしますぞ。でも、やはり関わらない方がいい。」とため息まじりに言うのであった。
「ご老人がお困りなのを放ってはおけません。」
「私は酒屋でお若いのの腕に触れたとき、その脈から並々ならぬお方だとわかったし、絶世の武術を究められていることも知っている。しかし、異国の方が国王の軍・御林軍に刃向かうのは好まぬのでのう。」
2007年9月13日木曜日
冰魄寒光剣 (13)
山をおりた桂華生は、国境をこえネパールへと入った。折しも季節は旧暦五月、いたるところに鳥のさえずりが聞こえ、花の香りがただよっている。まさに山中の氷雪の世界と比べれば別天地である。現代の旅人が「東方のスイス」にたとえるような風光明媚な風景を目の当たりにして、桂華生はしきりに「なんて静かで美しい景色だろう」と讃えるのであった。また、ネパールは仏教国でもある。とくに桂華生の興味をひいたものに、塔の四方の面に四対の目が画かれている仏塔がある。この目は「慧眼」といって仏陀の智慧と慈悲をあらわしているということをネパールに来てから知った。このような塔を初めて見たのは魔鬼城のなかであり、そのときは奇異に感じたのであるが、見慣れればたしかに美しいし、穏やかで優しく魅力的である。
行くこと十数日、ネパールの都・加徳満都(カトマンズ)についた。カトマンズは、周囲を山々に囲まれ、まさに天然の城郭をなしている。この「加徳」は木を意味し、「満都」は寺を意味するという名前の由来通り、街々には大小の寺があり、その多くは木造であった。桂華生は、カトマンズに来て、この都がすっかり気に入った。
街をぶらついているうち、喉の渇きをおぼえた彼は、一軒の酒屋に入った。そこで、五十過ぎのひとりの老人と知り合い、すっかり意気投合したのであったが、この老人こそネパール随一の神医と称されている巴勒(バレイ)であった。
2007年8月21日火曜日
冰魄寒光剣 (12)
方今明の一撃が少年の肩に打ち込まれると、なんと奇妙なことに、彼の身体はグーンと伸び、からだの肉はグニャと曲がり、左掌が突如向きを変えて方今明の拳を掴んでしまった。
桂華生は驚いた。しかしかれはボダラ宮でインドの武術に関する本を読んでいたから、とっさにヨガの術であることを見抜いた。少年は、ヨガの術が至上の境地にまで達していないとみえ、大汗をかいてなんとかもちこたえている。方今明といえば、こちらも頭から白い湯気をだし、必死で支えている。二人の力は拮抗していて、もしどちらかが力をゆるめれば、ゆるめた方が傷をおうのは目に見えている。ただ全身全霊を集中して対峙するしかないのだ。二人が身動きはもとより話しをすることさえできない事態をまえに、このままいけばふたりとも傷をおってしまうと見てとった桂華生は、全身に気をめぐらせ防御の体勢をとり、掌心に力を集中させ、「野馬分須」の技を使って二人の力を自らうけとめ、押し寄せてくる巨大な力をさっと身をかわして近くの木にむけた。ドカンという木が裂ける大きな音とともに、二人をわけてしまったのである。
花を引き抜いたことの償いに、このインドの少年は気前よく少女に望遠鏡をくれた。少女の喜ぶ姿をみて、方今明の怒りも和らぎ、三人はお互いの名前を名乗った。この少年は、インドの龍葉大師の弟子で、雅徳星と名乗り、奇薬「天山雪蓮」を探しに来て、花畑の花を引き抜いた経緯を語った。
桂華生が、「天山雪蓮」はヒマラヤにはないことを教えると、雅徳星は失望を隠さなかった。そうした彼の姿をみて、桂華生はこんなところまで探しにくるとはきっと深い訳があるだろうと、自分が持っている三個の「天山雪蓮」のうち一つを彼に与えてしまった。
別れ際に、桂華生がネパールへ行こうとしている事を知ると、雅徳星は思わず、「あなたも試験を受けに行かれるのですか?」と口走った。試験とはなにかと問われると、彼は余計なことを言ってしまったという表情で、ネパールの姫が夫を選ぶための試験がネパールでは行われていることを渋々語った。
その試験とは、まず難しい問題の試験を通ったあと、宮女との武術の試合に勝ち、さらに姫との試合に勝たなければならないというのだ。去年から始まった試験にいままで誰も合格した者がいないというのである。
(注)夫を選ぶのに武術の試合をして勝てば合格、というのを「比武招親」(武芸の試合をして婿をとる)というのだそうです。金庸の「射鵰英雄伝」にもこの「比武招親」の話がでてきます。これも武侠小説の一つのパターンといえるでしょう。
桂華生は驚いた。しかしかれはボダラ宮でインドの武術に関する本を読んでいたから、とっさにヨガの術であることを見抜いた。少年は、ヨガの術が至上の境地にまで達していないとみえ、大汗をかいてなんとかもちこたえている。方今明といえば、こちらも頭から白い湯気をだし、必死で支えている。二人の力は拮抗していて、もしどちらかが力をゆるめれば、ゆるめた方が傷をおうのは目に見えている。ただ全身全霊を集中して対峙するしかないのだ。二人が身動きはもとより話しをすることさえできない事態をまえに、このままいけばふたりとも傷をおってしまうと見てとった桂華生は、全身に気をめぐらせ防御の体勢をとり、掌心に力を集中させ、「野馬分須」の技を使って二人の力を自らうけとめ、押し寄せてくる巨大な力をさっと身をかわして近くの木にむけた。ドカンという木が裂ける大きな音とともに、二人をわけてしまったのである。
花を引き抜いたことの償いに、このインドの少年は気前よく少女に望遠鏡をくれた。少女の喜ぶ姿をみて、方今明の怒りも和らぎ、三人はお互いの名前を名乗った。この少年は、インドの龍葉大師の弟子で、雅徳星と名乗り、奇薬「天山雪蓮」を探しに来て、花畑の花を引き抜いた経緯を語った。
桂華生が、「天山雪蓮」はヒマラヤにはないことを教えると、雅徳星は失望を隠さなかった。そうした彼の姿をみて、桂華生はこんなところまで探しにくるとはきっと深い訳があるだろうと、自分が持っている三個の「天山雪蓮」のうち一つを彼に与えてしまった。
別れ際に、桂華生がネパールへ行こうとしている事を知ると、雅徳星は思わず、「あなたも試験を受けに行かれるのですか?」と口走った。試験とはなにかと問われると、彼は余計なことを言ってしまったという表情で、ネパールの姫が夫を選ぶための試験がネパールでは行われていることを渋々語った。
その試験とは、まず難しい問題の試験を通ったあと、宮女との武術の試合に勝ち、さらに姫との試合に勝たなければならないというのだ。去年から始まった試験にいままで誰も合格した者がいないというのである。
(注)夫を選ぶのに武術の試合をして勝てば合格、というのを「比武招親」(武芸の試合をして婿をとる)というのだそうです。金庸の「射鵰英雄伝」にもこの「比武招親」の話がでてきます。これも武侠小説の一つのパターンといえるでしょう。
2007年7月22日日曜日
冰魄寒光剣 (11)
方今明は、この地に隠れ住む前に、桂華生とは一面識あっただけだが、この人里離れたヒマラヤの奥地での再会は親しみ数十倍で、直ちに家に泊まっていくように引き留めた。そこからわずか数里のところにある方今明の家は、中国の江南地方の形式で、桂華生はチベットに来て初めて見る江南形式の家屋におもわず懐かしさで喜びがこみ上げてくるのであった。
ここで、桂華生は、皇帝雍正や年羹堯の末路を詳しく語ると、方今明は大声で喝采し喜んだ。方今明の妻はチベット族であり、彼がこの地に来てから結婚したのであるが、夫の友人をはじめてもてなすことに大喜びで、真心込めた料理の山で歓待した。
次の日、桂華生と方今明はつれそって、チョモランマがよく見えるところまでいって、その雄大さに打たれている最中、突如菜園の方角から木の葉の笛の高い響きが聞こえてきた。二人が飛ぶようにして戻ると、顔が黒く薄汚れた少年が手振り手真似で少女に話しかけていた。少女は、父親をみるや、「こいつは、お花をやたらに引き抜いたうえ、私をいじめるの!」 と、大声で叫んだ。
方今明は、怒り心頭に発し、身を翻して、この少年に「百歩押拳」の猛烈な一撃を食らわした。桂華生は、この少年が昨日の二人と違って悪意がないこと、薄汚れた顔の下に気品に満ちた整った顔立ちが隠されていることを素早く見て取って、止めようとしたがすでにおそく、岩をも割ることのできる方今明の一撃は少年の肩にうちこまれてしまったのである。
ここで、桂華生は、皇帝雍正や年羹堯の末路を詳しく語ると、方今明は大声で喝采し喜んだ。方今明の妻はチベット族であり、彼がこの地に来てから結婚したのであるが、夫の友人をはじめてもてなすことに大喜びで、真心込めた料理の山で歓待した。
次の日、桂華生と方今明はつれそって、チョモランマがよく見えるところまでいって、その雄大さに打たれている最中、突如菜園の方角から木の葉の笛の高い響きが聞こえてきた。二人が飛ぶようにして戻ると、顔が黒く薄汚れた少年が手振り手真似で少女に話しかけていた。少女は、父親をみるや、「こいつは、お花をやたらに引き抜いたうえ、私をいじめるの!」 と、大声で叫んだ。
方今明は、怒り心頭に発し、身を翻して、この少年に「百歩押拳」の猛烈な一撃を食らわした。桂華生は、この少年が昨日の二人と違って悪意がないこと、薄汚れた顔の下に気品に満ちた整った顔立ちが隠されていることを素早く見て取って、止めようとしたがすでにおそく、岩をも割ることのできる方今明の一撃は少年の肩にうちこまれてしまったのである。
2007年7月10日火曜日
冰魄寒光剣 (10)
行くこと一ヶ月有余、広漠たるたる黄砂や茫々たる草原を突き抜けて、ついにネパールとの国境のヒマラヤ山のふもとにたどりついた。ヒマラヤのきらめく雪の峰が雲を穿ちそびえたつ様は、天山、崑崙、峨嵋などの山々とは比べものにならない、まさに天下至高無上の大名山というものであった。
桂華生は、もともと山の裾をまわっていこうと思っていたのであるが、この天下第一の高山を前にして、頂上に登れなくても、もっと上の方までいってみたい気持ちにかられ、行く先をヒマラヤの峰の方へと変えた。登ること四日目、氷河の脇に湧きでた温泉の熱であたり一面お花畑になっているところにやってきた。そして、そのお花畑のなかで、花を摘む四、五歳の少女を認めたのである。
「こんなところに可愛い女の子が花を摘んでいる」といぶかしがって、ゆっくりと女の子に近づき声をかけようとしたそのとき、岩陰から異様な格好をした二人の男が女の子に向かって襲いかかった。これらの男たちは、ボダラ宮の本のなかに描かれていたアラブ人そっくりであったが、そのうちの一人が女の子に掴みかかった。「子供をいじめるな!」 桂華生は、一喝とともにその男にとびかかった。
捕まえていた少女を放り出して、男たちは二人で桂華生にたちむかってきた。桂華生がくりだすすさまじい掌力を、彼等はサッと受け止めて無力化してしまう。なるほど、彼等はアラブ第一の使い手・ティモダドの弟子であったのだ。たたかうこと半時あまり、「おじさん、慌てないで。お父さんを呼ぶわ。」 少女が木の葉を唇にあて、ピーと高く響き渡る笛を吹いた。
「子供をいじめるのは誰だ!」 五十過ぎの男がすぐにかけつけてきた。 「方先輩、あなたですか。」「華生老弟、よく来たな。」 この子供の父親、方今明は『神拳無敵』とよばれ、清朝十四皇子につかえていたが、四皇子允楨が皇位を簒奪し十四皇子が殺されるにおよんで、唐暁瀾大侠の勧めで清朝廷への士官に見切りをつけ、追っ手の追及をのがれるためにこのヒマラヤの奥地に隠れ住んでいたのであった。桂華生は、唐暁瀾が天山七剣のひとり易蘭珠の弟子である縁で、方今明とは十数歳のときに一度だけあったことがあるのだが、二人ともまだ覚えていたのである。
二人の男は、並び立って、陰陽掌力を徐々に強めてきた。桂華生は、一喝のもと巨大な金剛掌力をうちだすとともに、ただちにその力を消してしまった。この巨大な掌力の変化に二人の男はなすすべもなく、その後は完膚無きまでに叩きのめされるのみであった。
桂華生は、もともと山の裾をまわっていこうと思っていたのであるが、この天下第一の高山を前にして、頂上に登れなくても、もっと上の方までいってみたい気持ちにかられ、行く先をヒマラヤの峰の方へと変えた。登ること四日目、氷河の脇に湧きでた温泉の熱であたり一面お花畑になっているところにやってきた。そして、そのお花畑のなかで、花を摘む四、五歳の少女を認めたのである。
「こんなところに可愛い女の子が花を摘んでいる」といぶかしがって、ゆっくりと女の子に近づき声をかけようとしたそのとき、岩陰から異様な格好をした二人の男が女の子に向かって襲いかかった。これらの男たちは、ボダラ宮の本のなかに描かれていたアラブ人そっくりであったが、そのうちの一人が女の子に掴みかかった。「子供をいじめるな!」 桂華生は、一喝とともにその男にとびかかった。
捕まえていた少女を放り出して、男たちは二人で桂華生にたちむかってきた。桂華生がくりだすすさまじい掌力を、彼等はサッと受け止めて無力化してしまう。なるほど、彼等はアラブ第一の使い手・ティモダドの弟子であったのだ。たたかうこと半時あまり、「おじさん、慌てないで。お父さんを呼ぶわ。」 少女が木の葉を唇にあて、ピーと高く響き渡る笛を吹いた。
「子供をいじめるのは誰だ!」 五十過ぎの男がすぐにかけつけてきた。 「方先輩、あなたですか。」「華生老弟、よく来たな。」 この子供の父親、方今明は『神拳無敵』とよばれ、清朝十四皇子につかえていたが、四皇子允楨が皇位を簒奪し十四皇子が殺されるにおよんで、唐暁瀾大侠の勧めで清朝廷への士官に見切りをつけ、追っ手の追及をのがれるためにこのヒマラヤの奥地に隠れ住んでいたのであった。桂華生は、唐暁瀾が天山七剣のひとり易蘭珠の弟子である縁で、方今明とは十数歳のときに一度だけあったことがあるのだが、二人ともまだ覚えていたのである。
二人の男は、並び立って、陰陽掌力を徐々に強めてきた。桂華生は、一喝のもと巨大な金剛掌力をうちだすとともに、ただちにその力を消してしまった。この巨大な掌力の変化に二人の男はなすすべもなく、その後は完膚無きまでに叩きのめされるのみであった。
2007年6月21日木曜日
冰魄寒光剣 (9)
「おまえはまだ国に帰らないで、こんなところにいたのですか!」 白衣の少女に叱りつけられた赤い袈裟の僧は、顔色がサッとかわり、ただちにダライにむかって合掌の礼をおこなった。「女護法どのが帰りなさいといっているのだから、言うことを聞きなさい。」 ダライにこう言われた赤い袈裟の僧はネパール語で一言二言いうと、すぐにボダラ宮から出て行ってしまった。
もうあとの二人では、桂華生の敵ではなっかた。「この中国からきたお方は刺客ではない。それどころか仏門の見方である。ふたりとも手を引きなさい。」 ダライにこう言われるまでもなく、青息吐息の彼等は桂華生がさきに手を引いてくれたのでかろうじてもちこたえることができた。
桂華生の驚きは、「魔鬼城」ではじめて白衣の少女に会ったときの比ではなかった。しかも無上の尊敬を一身に集めているダライ活仏が、彼女にかくまでも敬意を払っているとは。彼は、すぐさま前に進み出てダライに、そして白衣の少女にたいして、施礼をおこなった。
「兄さん、そんな他人行儀はやめて。」 白衣の少女は桂華生にむかってこう言うとともに、ダライに向かって、「私たちは中国で知り合ったのです。活仏様、彼のいうことなら信じてもいいですよ。私はチベットに来てかなりたつし、活仏様にもお目にかかったので、もうこれでお暇しますわ。」と言って、深々と一礼をすると、階下へと下りていってしまった。桂華生は、ダライが合掌して見送っているなか、少女をひきとめることもならず、ただただ心のなかにわき出てくる辛酸をグッとこらえるのであった。
少女が去ったあと、桂華生はネパールの王子の野心やマイシ・ジャナンが託した白教法王の誠意をダライに伝え、その後賓客としてボダラ宮に引き留められた。次の日、ボダラ宮の執事に女護法の身分について尋ねたが、「インドの那爛陀寺の長老様が女護法に封じなされた」「インドでは那爛陀寺の長老様は、チベットの活仏様とおなじようにあがめられている」「護法とは、六十年に一度開かれる仏教の大会で功徳のあった人が封じられるが、必ずしもいつも封じられるとは限らないし、ましてや女護法はめったにいない」ということがわかったが、彼女の身分については知ることはなかった。
二日目、桂華生は、白衣の少女がすでにボダラ宮にはいないことを知ると、自分もすぐにボダラ宮から出て行こうとしたが、「ネパールに来られ、縁があればお会いできるででょう」という少女の伝言を聞き、さらに「宮中にはネパール語に通じている者がいるので、ここでネパール語を習得してから行かれたらどうでしょうか」という執事のすすめにしたがって、結局ここにとどまってネパール語を学ぶことにした。
学ぶこと二ヶ月ちょっと、おおよその日常会話ができるようになったある日、桂華生はお暇することにした。ダライに暇乞いの挨拶をしに行くと、ダライはすでに彼の来意を察しており、「もしなにか困ったことがあったなら、ネパール国王に助けを乞うように」と、一通の手紙を与えてくれたのであった。
もうあとの二人では、桂華生の敵ではなっかた。「この中国からきたお方は刺客ではない。それどころか仏門の見方である。ふたりとも手を引きなさい。」 ダライにこう言われるまでもなく、青息吐息の彼等は桂華生がさきに手を引いてくれたのでかろうじてもちこたえることができた。
桂華生の驚きは、「魔鬼城」ではじめて白衣の少女に会ったときの比ではなかった。しかも無上の尊敬を一身に集めているダライ活仏が、彼女にかくまでも敬意を払っているとは。彼は、すぐさま前に進み出てダライに、そして白衣の少女にたいして、施礼をおこなった。
「兄さん、そんな他人行儀はやめて。」 白衣の少女は桂華生にむかってこう言うとともに、ダライに向かって、「私たちは中国で知り合ったのです。活仏様、彼のいうことなら信じてもいいですよ。私はチベットに来てかなりたつし、活仏様にもお目にかかったので、もうこれでお暇しますわ。」と言って、深々と一礼をすると、階下へと下りていってしまった。桂華生は、ダライが合掌して見送っているなか、少女をひきとめることもならず、ただただ心のなかにわき出てくる辛酸をグッとこらえるのであった。
少女が去ったあと、桂華生はネパールの王子の野心やマイシ・ジャナンが託した白教法王の誠意をダライに伝え、その後賓客としてボダラ宮に引き留められた。次の日、ボダラ宮の執事に女護法の身分について尋ねたが、「インドの那爛陀寺の長老様が女護法に封じなされた」「インドでは那爛陀寺の長老様は、チベットの活仏様とおなじようにあがめられている」「護法とは、六十年に一度開かれる仏教の大会で功徳のあった人が封じられるが、必ずしもいつも封じられるとは限らないし、ましてや女護法はめったにいない」ということがわかったが、彼女の身分については知ることはなかった。
二日目、桂華生は、白衣の少女がすでにボダラ宮にはいないことを知ると、自分もすぐにボダラ宮から出て行こうとしたが、「ネパールに来られ、縁があればお会いできるででょう」という少女の伝言を聞き、さらに「宮中にはネパール語に通じている者がいるので、ここでネパール語を習得してから行かれたらどうでしょうか」という執事のすすめにしたがって、結局ここにとどまってネパール語を学ぶことにした。
学ぶこと二ヶ月ちょっと、おおよその日常会話ができるようになったある日、桂華生はお暇することにした。ダライに暇乞いの挨拶をしに行くと、ダライはすでに彼の来意を察しており、「もしなにか困ったことがあったなら、ネパール国王に助けを乞うように」と、一通の手紙を与えてくれたのであった。
2007年6月14日木曜日
冰魄寒光剣 (8)
山を下りた桂華生は、遙か彼方の「魔鬼城」の白い塔を眺めて、「ネパールの王子のチベットに対する野望はまだなくなったわけではない。マイシ・ジャナンに、『ラサにいって活仏様に会い、白教法王様の誠意を伝えてほしい。』と頼まれたことを忘れるわけにはいかない。」と、思いを新たに、ラサに向かったのであった。ラサの街に入った時は、夜もおそくなっていたが、行き交う人も多くたいそうにぎやかであった。どの天幕にも線香がたかれ、蝋燭が灯されていて、おおくのチベットの人々がお参りしていて、なにかのお祭りのようであった。桂華生はひとりの老人を呼び止めて、なんの祭りかとたずねた。すると、明日が四月八日で釈迦の誕生日であり、活仏のダライがみずから祭りを執り行いボダラ宮まえの三つの大殿が解放され、活仏を見ることができるということが判明した。しかも、あすはチベット歴で三月十五日で、あの白衣の少女が別れ際に、手のひらを三回押す仕草をしたのは、三五十五で、明日のことを意味しているのではないか、明日会う約束という意味かも知れない、などと思いを巡らすと、その夜は眠ることができなかった。
次の日、桂華生はボダラ宮まえの人混みで、白衣の少女を捜したが、手がかりすらつかめなかった。いや、それどころか何者かに背後から不意打ちされたのである。そうこうするうちに、活仏・ダライが人々のまえにあらわれた。ひれ伏しながら、ひそかに窺うと、ダライの背後に居並ぶ僧のなかに、かつて「魔鬼城」で手合わせしたことのある真っ赤な袈裟をきた僧の姿を認めたのであった。「どうして彼もきているのだ?」 桂華生は、渦巻く陰謀のにおいを感じたのである。
その夜、桂華生は白衣の少女に会いたい一心で、ボダラ宮の周りを探し回った。そして、絶妙な軽功を駆使してボダラ宮のなかへとしのび入った。ダライのいる部屋のそばまできたとき、警備の僧たちに気づかれた桂華生は、赤い袈裟の僧をはじめ三人の僧との壮絶なたたかいに巻き込まれていった。一対一で戦えば、桂華生の敵ではなくとも、三人ではいかんともしがたい。物音にダライも出てきて見守る中、黒衣の僧の竹杖が桂華生の胸の「檀中穴」を突こうとしたとき、「女護法様が活仏様にお目にかかりたくお越しです。」という僧の声がし、「お入りを」というダライの返事とともに入ってきたのはなんとあの白衣の少女であった。
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