2008年1月2日水曜日

冰魄寒光剣 (17)

 ティモダドの功力は、桂華生よりはるかに上をいっている。巨大な潜力が海のように山のように桂華生に押し寄せてくる。「まずい」、桂華生は剣を抜き軽功を駆使してたちむかう。ティモダドの掌力によって建物の梁や柱が折れ、辺り一面朦々としているなか、「達磨剣法」とあの白衣の少女と創りあげた「冰川剣法」のあと悟った二つのすさまじい技をもって立ち向かう桂華生にティモダドも簡単には手が出せない。
 軽功では桂華生がわずかに優れているとはいえ、ティモダドの功力ははるかに上だ。軽功と宝刀を武器になんとか支えていた桂華生も、しだいに疲れがでて、耳のなかはワンワン鳴り響き、目の前に火花が飛び交い、まさにティモダドの一掌が桂華生の脳天を襲おうとしたとき、大きなため息とともにティモダドの掌力がさっと消えた。
 「中国の武功は奥が深い。あと十年もすれば儂もおまえの敵ではないかもしれぬ。約束の時はすぎた。さあ行くがいい。」
あたりが静まりかえるなか、御林軍総督のうめき声が聞こえてきた。紅い袈裟の僧が彼を助けおこしながらゆっくりと前にでてきて怒鳴った。
 「小僧! どんな妖術をつかったのだ! 総督をこんな目にあわせおって。」
もともと総督は、桂華生によって「天枢穴」を点穴されていたのだ。この「天枢穴」は背中の十八道大穴の中心であって、しかも桂華生の点穴たるや巧妙をきわめ、最初はただ痒いだけだが次第に幾千幾百の針が刺されたように痒く痛くなり、それは耐え難いものなのである。
 「総督、あなたは師匠が毒を解毒できないと思っているようだが、我ら師弟は毒を放つことも解くこともできる。今回はわずかばかりの毒なので総督はあと七日ばかり生きられるけれど、もし毒が多かったなら、今頃は七つの穴から血を流し、死んでいるところですよ。」
 総督は、桂華生の話を聞くや痒みと痛みがますます増してくるのに動転し、「よくもこんな目にあわせたな。八つ裂きにしてくれるわ!」と怒鳴りつけた。だが、桂華生はカラカラと笑いながら言った。
 「総督、私たちを殺してしまえば、毒を解く者がいなくなりますよ。」
 ティモダドは、一目見るや総督は桂華生によって点穴されていることを見抜いた。あまりの痒みと痛みに耐えられず、総督の背中は衣服が切り裂かれ剥き出しになっている。そして剥き出しになっている背中は紅く腫れ上がり、ただならぬ毒によるもののようだ。ティモダドは中国の点穴について多少なりとも知識はあった。だが目の前の事態は己の手に負えるものではないことをはっきり自覚している。そして桂華生に点穴を解いてくれと頼むことは、己の面子を失うだけだ。紅い袈裟の僧が彼に助けを求めようとしたそのとき、「儂は、ここのことにはもうかかわらないと言ってある。二言はないぞ。」 ティモダドは首を横にふった。
 ティモダドが助けてくれないと知った総督は、心中寒からぬものが走った。急に語気を和らげ、「どうすればいいのかの?」と桂華生にむかって言った。
 「わたしを国王のところに連れて行ってください。国王の病気を治して差し上げます。」
こう言う桂華生にたいし、総督は「もし今日のことが国王に知れれば、この命があるだろうか?」と自問するのであった。
 まさにそのとき、外の重い鉄の門が軋む音が聞こえてきた。