2007年5月12日土曜日

冰魄寒光剣 (5)

 この白衣の美少女の語る言葉は、その意味はわからなくても、彼女が奏でた笛の音のように桂華生の心を酔いしれさせるものであった。廟のなかの面々は声を立てる者とていない。少女は微笑みながら、なんと中国語で「アアド王子、私に顔を見られたくないのね。でも私は、あなたがここでなにをやっているのかわかっているのよ。みんなの前で責めないから、はやく国にお帰りなさい。」と王子を叱責したのであった。
 王子に迫る少女に対し、廟のなかの兵士たちは、『道聖国師』とよばれた紅衣の僧をはじめ一斉にこの少女に攻めかかるが、逆にみなお面を割られ這々の体で逃げ出してしまった。桂華生は、とっさに助太刀をするが、この少女には助太刀など無用であったことを知るのであった。ガランとした広間のなか、二人だけになった彼等はお互いに名を名乗るが、この少女は『華玉』というのだった。
 華玉と名乗る少女は、みずからネパール人であると身の上をあかしたが、桂華生にとって「こんなに若くてどうしてこれだけの武功を身につけているのだろうか?」等々、疑問は多々わきあがってくるのであった。
 「世にも珍しいものを探しに連れって行ってあげる」華玉はこう言って、藏霊上人が探し出そうとしている宝を氷の中から掘り出そうと、桂華生とともにたぐいまれなる軽功を駆使して氷河に覆われた山奥をめざしたのであった。

2007年5月6日日曜日

冰魄寒光剣 (4)

 「以前、私をつけていた二人の僧もこの笛の音を聞くやいなやあわてて逃げていったことがあった。いったい彼等はなぜこの笛を怖がるのがろうか?」と言うマイシジャナンに、「自分は魔鬼城をもうすこし探りたい。それに笛の主も知りたい。」といって別れを告げ、桂華生はふたたび白い塔のある建物にもぐりこんだのであった。そこで、王子が六十過ぎの老ラマ僧を自ら出迎えているのを目撃する。二人の話から、このラマ僧はチベット紅教の一番の使い手である藏霊上人であることが判明したが、桂華生は父・桂仲明が「天山七剣のひとり易蘭珠が藏霊上人に百手を繰り出してやっと勝った」とかつて話していたことを思い出だす。
 チベットの三藩王の使者、白教法王の使者、そしてチベット紅教の藏霊上人と、このネパールの王子が今日会った人物から推し量るに、王子のチベットの対する陰謀にはただならぬものがあると感じる桂華生であった。
 藏霊上人は、アラブ一の使い手・ティモダドとインドの龍葉大師がここにいないことを知るや、「来年になればこの二人はきっと来る」と引き留める王子に対して、「何十年もかけてやっと手がかりをつかんだ宝物を探しに行く。待てない。」といって、八名の武士を手下に借り受け出て行ってしまったのである。
しばらくすると廟のなかに緊張が走った。遠くから笛の音が聞こえてきたのだ。この柔和で妙なる笛の音は、廟の門の前にくるとピタリと止まり、かわりに扉をたたく鉄環の音が響きわたった。王子らはあわててお面をつけて顔を隠し、それから門を開けさせたが、なかに入ってきたのはひとりの白衣の少女であった。チベット人にも少し似ているような、また漢人とも少し似ているところがある異国の少女。だが桂華生はこのような絶世の美女をいままで見たことがなっかった。そして、この異国の美少女が中国・華南の曲を吹くるとは、にわかに信じられなかったのであった。

(注) 「白衣の美少女」は中国武侠小説にはよくでてきます。金庸の「小龍女」も白衣の美少女、しかも絶世の美少女でした。そして、メチャクチャ腕が立つ。この「白衣の美少女」が登場してくると、物語はいよいよ佳境に入りつつあるといえるでしょう。まさに「定番」といった感じです。

2007年5月4日金曜日

冰魄寒光剣 (3)

 この白い塔のなかに潜り込んだ桂華生は、そこでネパールの王子がチベット各教派の分裂につけ込んでその一部と盟約を結ぼうとしているのを目撃するのであった。そして、チベット白教の二組の使者が王子の前で対立し、この王子の目論見を見破った新法王が後から派遣した使者・マイシジャナンが窮地に陥ったところを助け出したのである。
 二人は白い塔から逃げ出したのもつかの間、王子の追っ手に追いつかれ、山の上からの大石攻めで雪崩に巻き込まれようとする寸前、柔和で重厚な内功の籠もった笛の音が遠くの方から聞こえてきたのであった。この笛の音があたりに響き渡るや、「魔鬼城」の方からは警告の鐘がなり、追っ手は瞬く間に姿を消してしまったのである。