2008年12月28日日曜日

牧野流星

 『游剣江湖』の続編の『牧野流星』は、前者と同じくらいの長編ですが、内容はうって変わって本来の武侠小説らしくなってきて、一挙に読ませるものがあります。 『江湖三女侠』のときも感じたのですが、梁羽生は悲恋ものに力を入れるとどうもそちらに足をすくわれ、武侠小説としての物語展開や内容にやや乱れがでるような気がします。
 この『牧野流星』の主人公は、『游剣江湖』の二人の主人公である孟元超と雲紫蘿の息子・楊華=孟華です。物語は、楊華が三番目の師父・丹丘生から崆峒派の武芸を伝授され、さらには天山派の開祖ともいえる張丹楓の秘伝書を偶然発見し、さらには二番目の師父・段仇世から孟家の「快刀法」の秘伝書を渡され、それらの武術を身につけとてつもなく腕が立つ青年に生長していく過程が最大のみどころとなります。
 さらには、金逐流の娘・金碧漪との出会と恋、実の父孟元超との対面、丹丘生の冤罪を晴らし御林軍統領・海蘭察の野望を打ち砕き彼を打倒するなど、物語の展開も手に汗を握るテンポで進んでいきます。
 そして最後は回疆の各部族と反清の義士たちの連合で、清の大軍とのたたかいに勝利するところで物語は終わるのですが、この戦いのなかで孟華の異父弟の楊炎が行方不明になってしまい物語は次の『弾指驚雷』へと引き継がれていきます。
 (注) 日本語では表記できない字は、しかたなく簡体字で表示してあります。「崆峒派」、「金碧漪」などです。

2008年12月7日日曜日

游剣江湖

 結論から言うと、この作品は長い割にはあまり面白くありません。武侠小説というより悲恋小説といった方がぴったりで、天山派の活躍を期待している読者にとっては、まったくの期待はずれといわなければなりません。しかも、同じような顔ぶれの登場人物が「あっちで小競り合い、こっちで小競り合い」といった感じで、ストーリー展開上も面白さがありません。
 『雲海玉弓縁』、『冰河洗剣録』、『風雷震九州』、『侠骨丹心』と続いてきた作品群がかなりよっかたので、これも楽しめるかなと思ったのですが残念でたまりません。
 というわけで、単行本3冊、99万字におよぶこの長編については、これ以上の論評はいたしません。

2008年10月26日日曜日

余談 『神田川』

 YouTubeで、『かぐや姫』の『神田川』を聞いていたら、そこにおもしろい書き込みがありました。『神田川』の歌詞を中国語に訳してあって、その訳がなかなかいいのです。繁体字で書いてあったのですが、ここでは簡体字でそれを紹介したいと思います。中国語フォントがインストールされていれば、文字化けしないで表示されると思います。

 神田川

你已经忘了吧? 我俩把鲜红的手巾围在脖子上,一块去那小巷里的澡堂。
说好一起出来的,可是每次总是我在外面等。
湿漉漉的冰凉冰凉,一小块的肥皂和我一起打着冷颤,你抱着我,说了句
:真凉呀。
在我年轻的时侯,根本不知道什么是恐惧。那时候,我只怕你的温柔。

那套二十四色的水彩,你大概已经丢了把? 你要替我画像,我总是叮咛你务必画的好一点,可是每次都不像我。
窗外流淌的是静静的神田川。狭窄的屋子是我小小的天地。
你的眼睛停留在我的指头,你问道
:你不高兴吗?
在我年轻的时侯,根本不知道什么是恐惧。那时候,我只怕你的温柔。

2008年10月24日金曜日

侠骨丹心 (2)

 『侠骨丹心』のあらすじを、引き続き紹介していくつもりだったのですが、現在『游剣江湖』を読んでいて、『侠骨丹心』のあらすじの紹介はいつになるかわかりません。
 『游剣江湖』は、単行本3冊ですから、かなり長編です。 これは余談ですが、中国語を日本語に翻訳すると、分量は1.5倍以上になると思います。「国連決議などを国連の公用語で表示したとき、中国語がいちばん分量が少ない」という様なことを中国人の先生から聞いたことを思い出しました。
 したがって、『游剣江湖』を邦訳すれば、たぶん単行本5冊くらいになると思います。そのぶん、中国語は簡潔に表現されていて、武侠小説に最適なのかなあなどとも考えています。

2008年9月5日金曜日

侠骨丹心 (1)

 物語は、「侠骨丹心」へと引き継がれていきます。
この「侠骨丹心」は、最初から波乱にみちた展開となっています。まず、金世遺の息子・金逐流が登場して、華々しい活躍をします。この小説は、冒頭からかなり引きずり込まれました。

 江海天の娘・江曉芙と「掌門弟子」・宇文雄との結婚披露宴に紛れ込んで、師父の仇・江海天に一泡吹かせようとたくらむ文道庄と、薄汚い乞食をよそおいこの宴席にもぐりこんだ金逐流が、まっこうから激突する。文道庄の必殺の手から江曉芙を密かに守った金逐流は、江海天に一泡ふかせもって中原にその武功をとどろかせ、師父の恨みを晴らして、さらには朝廷に高く自分を売り込もうとする文道庄を、激闘のすえ破るのであった。
 この闘いを目の当たりにして、江海天は金逐流が金世遺の息子であり自分の師弟にあたることを見抜き、同時に文道庄の正体も看破するのであった。じつは、金逐流は、父・金世遺の言付けを持って江海天のもとを訪れたのである。

 <中国武侠小説豆知識> 日本の時代小説では、権力の手先のことを「犬」といいますが(例えば、「幕府の犬」と言うように)、中国武侠小説では「鷹犬」といいます。発音は、ying1quan3 です。この小説でも「鷹犬」は何度もでてきます。

2008年8月30日土曜日

風雷震九州

 物語は、延々と語り継がれて、『風雷震九州』では、江海天の娘・江曉芙が年頃となる時代へと移っていきます。
『風雷震九州』は簡体字で約74万字で、『 雲海玉弓縁』や『冰河洗剣録』とほぼ同じぐらいの長さですので、かなりの分量があります。
 いままで、梁羽生の天山系列を読んできたなかで、この小説は二つの点でその特徴を際だたせていると思います。
 一つは、「反清」のテーマを全面に貫いていることです。「七剣下天山」や「江湖三女侠」などでも「反清」は核心的なテーマだったのですが、『 雲海玉弓縁』や『冰河洗剣録』などではこの点は後景に退いていた感があったように感じます。ここに来て、「反清」がふたたび前面に押し出されてきました。抗清組織の幹部の二人の息子が江海天の弟子となって、物語の重要な部分を占めていきます。
 もう一つは、物語のはじめからかなり疑惑にみちた男(谷中蓮の兄の息子を騙る葉凌風)を登場させ、一種の謎解き的な手法を使って、物語を展開してゆくという、技巧上の特徴が見受けられます。私は、梁羽生がここで、技巧上のひとつの試行をおこなっているように感じました。
 ともあれ、ここでも江海天の弟子たちを中心に、数多くの年若き男女の淡い感情を横糸に、そしてなによりも数々の武術を縦糸にして、物語が織りなされていくのです。

2008年8月9日土曜日

冰河洗剣録

 『 雲海玉弓縁』の続編は、『冰河洗剣録』です。ここでは、江南の息子江海天と、谷之華の養女であり弟子である谷中蓮が物語りの中心になっていきます。そこに、マサア国王の三人の遺児が絡んできて、(三人の内一人は谷中蓮ですが)、国王を殺し王位を簒奪した現国王との闘いがくりひろげられていきます。
 江海天は金世遺の弟子となり、さらには偶然にも天心石を3個も飲んだことから当世第一の使い手へと成長していき、金世遺のもう一人の弟子=マサア国王の三人の遺児の一人・唐努珠穆らを助けていくのです。
 ここでは、江海天の成長が物語りの大きな軸になっています。さらに、『 雲海玉弓縁』では結ばれなかった金世遺と谷之華が結ばれ、また江海天と谷中蓮などをはじめとして登場してきた若者達がみなうまく結ばれてハッピーエンドとなります。このあたりも金庸の『笑傲江湖』とかなり趣が似ているといえるのではないでしょうか。
 なお、『 雲海玉弓縁』は中国語で約70万字、『冰河洗剣録』は約75万字で、それぞれ単行本2冊なので、かなり長編といえるでしょう。このぐらいが、物語の展開としてもちょうど書きやすく、また読者にとっても読みやすい長さかもしれません。ちなみに、梁羽生の小説でただひとつ邦訳されている『七剣下天山』(文庫本で2冊)は、約44万字だそうです。

2008年6月27日金曜日

雲海玉弓縁

 『雲海玉弓縁』は、『冰川天女伝』の続編です。それ自体として、完結した一作品として仕上がっていますが、内容的には『冰川天女伝』を踏まえているので、やはり『冰川天女伝』を読んでからの方がおもしろさも増すと思います。
 この『雲海玉弓縁』、そしてその続編にあたる『冰河洗剣録』あたりになると、「天山系列」の作品も金庸の作品とかなり似通ったものになってきていると感じました。はるか彼方の離れ小島に秘伝書を探しに行くとか、「邪派」とか「正派」といった考え方、さらに「天魔教」なるものの登場(これは『冰河洗剣録』ではっきりとに登場してきます)、などなどをみれば金庸の「笑傲江湖」とかなり似ている印象を受けました。でも、梁羽生のこれらの作品の方が金庸の「笑傲江湖」より書かれたのが早いのですから、「金庸の作品も梁羽生の作品に似てきた」と言うべきなのかもしれませんが‥‥。
 物語の主人公は、金世遺です。金世遺と厲勝男、谷之華の二人の少女がおもな登場人物です。ここに、厲家の者を皆殺しにして秘伝書を盗み出した孟神通と、孟神通を仇と狙う厲勝男が先祖の師であった喬北溟の秘伝書を金世遺と探しにいく、‥‥こうして物語は展開していきます。武林の公敵たる孟神通が、じつは呂四娘の衣鉢の弟子である谷之華の血を分けた父であることも、物語を複雑にしています。
 それにしても、厲勝男、谷之華などという名前はよく考えたものだなあ、と感心させられました。「男に勝つ」女、「谷の華」などと、それだけでも登場人物の性格を窺い知ることができるというものです。

2008年6月10日火曜日

冰川天女伝 (3)

 こうして始まった『冰川天女伝』は、だがしかし陳天宇が主人公ではありません。この物語の主人公は、作品の表題にあるように、冰川天女=桂華生と華玉の娘・桂冰娥です。
 物語の前半は、チベットが清の支配下にあることを誇示するために、清朝廷が「金瓶」をチベットに下賜することを巡って展開されます。このなかで、桂冰娥と唐暁瀾の息子・唐経天との出会いとふたりをめぐる様々なできごとが描かれていきます。
 物語はの後半は、毒龍尊者の弟子である金世遺をめぐる話が中心になっていきます。金世遺は、師から伝えられた内功の修行ゆえに、かならずや魔境に入り(「走火入魔」)死に至ってしまうこと、そしてそれは天山派の正宗な内功をもってしか救えないこと、そして呂四娘や唐暁瀾は毒龍尊者との結びつきからなんとかして金世遺を救おうとするのですが、逆に金世遺は天山派の救いの手を素直には受け入れようとはしないこと、‥‥などが描かれていくのです。
 結論的には、金世遺は唐暁瀾によって助けられ、また桂冰娥と唐経天は結ばれるのですが‥。
 この小説を読んで、ひとつ気にかかったことは、「金瓶」をめぐる騒動のなかで、チベットがネパールやインドの支配下におかれるよりは、たとえ清朝のもとであっても中国の支配下にあったほうがいいと、反清で団結する江湖の英雄たちがみな大中華思想に絡めとられてしまったことです。オリンピックの聖火とチベット問題をめぐって、あのように中華ナショナリズムを発揮する中国人の思想的原点もこのあたりにひそんでいるような気がしました。

 当初は、『冰川天女伝』のあらすじを詳しくお伝えするつもりでいたのですが、現在この続編ともいうべき『雲海玉弓縁』を読み終えて、その次の『冰河洗剣録』を読んでいるところで、物語に引きずり込まれてしまっていて、あらすじを詳しく書く余裕がありません。あしからず。

2008年4月29日火曜日

梁羽生小説全集を購入

 インターネットで入手した梁羽生の小説は、誤字がやたらと多いし、プリントアウトするインク代と時間もばかにならないので、決断して梁羽生小説全集を購入しました。東方書店にインターネットで注文して、中国から取り寄せたのですが、待つこと三週間少しで手元に届きました。
 全55冊で、5万5千円余りの買い物でした。荷物の重さは30kgほどあったかと思います。置く場所もないので、とりあえず畳の上に並べておきました。早速、いま読んでいる『雲海玉弓縁』を読んでみましたが、本で読むのはやはりいいです。字も綺麗ですし、誤字の心配もない(?)と思いますし・・・。
 写真上 : 梁羽生小説全集 55冊  写真下 : 『雲海玉弓縁』の一節

2008年4月6日日曜日

冰川天女伝 (2)

 物語は、西蔵(チベット)の草原を歌を歌いながら旅する歌芸人の一団を眺める一人の少年からはじまる。彼、陳天宇の父・陳定基は乾隆帝の寵臣・和坤の弾劾書を上奏したが故に、チベットの薩迦宗の宣慰使に左遷されてはや八年、息子の陳天宇もすでに十八になってしまったのである。
 目の前を行き過ぎる旅芸人のなかに、歌を歌わず口を固くと閉ざしたチベット族の美貌の少女を見つけ、陳天宇はその場に釘付けになってしまった。と、そのとき、旅芸人の一団の中にいたひとりの漢民族の男が陳天宇にむけて矢を放った。陳天宇はとっさに身を翻し、ぱっと矢を素手でつかんだ。「カラスがうるさいから矢を放った。弓法が未熟で、矢が逸れてしまい申しわけない。」というその男は、だがしかし彼の「空手接箭」の腕を試していたのであった。
 陳天宇の武術は、家庭教師として陳定基にしたがってチベットに来ていた蕭青峰にひそかに教わっていたもので、かなりの腕前になっていた。そして 陳天宇に矢を放った男こそ、蕭青峰を仇と狙いチベットまで探し求めてきていたのであった。

2008年4月5日土曜日

冰川天女伝 (1)

 『冰川天女伝』を読みました。結論から言うと、これはかなり面白かったです。
まず、登場人物が豊富で、さらにストーリー展開のリズムも悪くなく、一気に読ませるものがありました。形式的には、『冰魄寒光剣』の二人の主人公・桂華生と華玉のあいだに生まれた桂冰娥=冰川天女についての物語という形をとっていますが、登場人物と物語の内容からみると『江湖三女侠』の続編といった方がぴったりです。
 その登場人物ですが、『江湖三女侠』で活躍した呂四娘、唐曉瀾、馮瑛、馮淋、楊柳青などがでてきますし、また彼らの子供たちや毒龍尊者の弟子や年羹堯の息子なども登場します。また、舞台も西蔵(チベット)やヒマラヤ山地が主で、現在おこっている中国のチベット問題にも通じるところがあるような内容も含まれています。
 『冰川天女伝』は、『冰魄寒光剣』の四倍ぐらいの分量があり、中国語の単行本で二冊ですから、かなり長編です。
 次回から、『冰川天女伝』のあらすじを紹介していきます。

2008年3月10日月曜日

冰魄寒光剣 (18)

 入って来たのは、二人の宮女であった。

 このあと、さまざまな波瀾万丈なできごとを折り交えながら、桂華生はネパールの国王を「天山雪蓮」で中毒から救い、白衣の少女=王女と結ばれるのであった。

 いままで紹介したあらすじが、物語の約半分位です。この後もかなり良い場面があるのですが、著作権問題もあるので、このぐらいにしておきます。原文は、こちらなどから入手できます。
 

2008年1月2日水曜日

冰魄寒光剣 (17)

 ティモダドの功力は、桂華生よりはるかに上をいっている。巨大な潜力が海のように山のように桂華生に押し寄せてくる。「まずい」、桂華生は剣を抜き軽功を駆使してたちむかう。ティモダドの掌力によって建物の梁や柱が折れ、辺り一面朦々としているなか、「達磨剣法」とあの白衣の少女と創りあげた「冰川剣法」のあと悟った二つのすさまじい技をもって立ち向かう桂華生にティモダドも簡単には手が出せない。
 軽功では桂華生がわずかに優れているとはいえ、ティモダドの功力ははるかに上だ。軽功と宝刀を武器になんとか支えていた桂華生も、しだいに疲れがでて、耳のなかはワンワン鳴り響き、目の前に火花が飛び交い、まさにティモダドの一掌が桂華生の脳天を襲おうとしたとき、大きなため息とともにティモダドの掌力がさっと消えた。
 「中国の武功は奥が深い。あと十年もすれば儂もおまえの敵ではないかもしれぬ。約束の時はすぎた。さあ行くがいい。」
あたりが静まりかえるなか、御林軍総督のうめき声が聞こえてきた。紅い袈裟の僧が彼を助けおこしながらゆっくりと前にでてきて怒鳴った。
 「小僧! どんな妖術をつかったのだ! 総督をこんな目にあわせおって。」
もともと総督は、桂華生によって「天枢穴」を点穴されていたのだ。この「天枢穴」は背中の十八道大穴の中心であって、しかも桂華生の点穴たるや巧妙をきわめ、最初はただ痒いだけだが次第に幾千幾百の針が刺されたように痒く痛くなり、それは耐え難いものなのである。
 「総督、あなたは師匠が毒を解毒できないと思っているようだが、我ら師弟は毒を放つことも解くこともできる。今回はわずかばかりの毒なので総督はあと七日ばかり生きられるけれど、もし毒が多かったなら、今頃は七つの穴から血を流し、死んでいるところですよ。」
 総督は、桂華生の話を聞くや痒みと痛みがますます増してくるのに動転し、「よくもこんな目にあわせたな。八つ裂きにしてくれるわ!」と怒鳴りつけた。だが、桂華生はカラカラと笑いながら言った。
 「総督、私たちを殺してしまえば、毒を解く者がいなくなりますよ。」
 ティモダドは、一目見るや総督は桂華生によって点穴されていることを見抜いた。あまりの痒みと痛みに耐えられず、総督の背中は衣服が切り裂かれ剥き出しになっている。そして剥き出しになっている背中は紅く腫れ上がり、ただならぬ毒によるもののようだ。ティモダドは中国の点穴について多少なりとも知識はあった。だが目の前の事態は己の手に負えるものではないことをはっきり自覚している。そして桂華生に点穴を解いてくれと頼むことは、己の面子を失うだけだ。紅い袈裟の僧が彼に助けを求めようとしたそのとき、「儂は、ここのことにはもうかかわらないと言ってある。二言はないぞ。」 ティモダドは首を横にふった。
 ティモダドが助けてくれないと知った総督は、心中寒からぬものが走った。急に語気を和らげ、「どうすればいいのかの?」と桂華生にむかって言った。
 「わたしを国王のところに連れて行ってください。国王の病気を治して差し上げます。」
こう言う桂華生にたいし、総督は「もし今日のことが国王に知れれば、この命があるだろうか?」と自問するのであった。
 まさにそのとき、外の重い鉄の門が軋む音が聞こえてきた。