2009年11月17日火曜日

聯剣風雲録

 『散花女侠』の続きは、『聯剣風雲録』です。物語の前半は、義軍の兵糧にするため明の新皇帝の即位を祝う貢ぎ物を奪う戦いが中心なのですが、このなかで霍天都、凌雲鳳が登場してきて「天山剣法」の形成過程が描かれていきます。「聯剣」とは、この二人の剣が合体したとき威力が何倍にも増す「天山剣法」を明示するものなのです。
 そして、物語の中程から後半にかけては、喬北溟と張丹楓の戦いが最大の焦点となっていきます。このなかで喬北溟は、「修罗阴煞功」を最高段階まで会得し邪派の最強者となるのですが、張丹楓のまえにあえなく敗れ去るのです。
 この物語は二つの点で、梁羽生の「天山系列」の作品を読む上できわめて重要な位置にあるように思います。
 一つは、「天山派」の形成過程がビビッドに描かれていること。また霍天都と凌雲鳳のあいだに吹く隙間風が明確な形をとりつつあり、『白髪魔女伝』につながるエピローグになっていること。
 二つめは、喬北溟や厲抗天、さらには「修罗阴煞功」が『雲海玉弓縁』の前史として重要な位置を占めていること。物語の時代設定は『聯剣風雲録』と『雲海玉弓縁』とでは全く違うのですが、執筆されたのはともに1961年だそうですから、この二つの作品の登場人物が似通ってくるのは当然といえば当然なのですが…。

 ところで、梁羽生の作品を読んでいていつも気になっている、この作家が頻繁に使う言い回しを、二つばかり紹介しておきます。
 一つは、「但恨爹娘少生了两条腿,四散奔逃」です。直訳すると、「ただ、父母が足をもう二本多く生んでくれればと恨むばかりで、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った」とでもなるでしょうか。「己の足の遅いことについて両親を恨む」、それほど血相を変えて逃げるという状況を表す表現ですが、本当に面白い言い回しだと思います。
 二つめは、「说时迟,那时快」です。これは辞書にも載っていて、「いうよりも速く」とか、「その瞬間」という意味ですが、彼の作品のなかには口癖のようにきわめて頻繁に使われています。金庸の作品にはあまり出てこなかったので、特に気になりました。

2009年11月4日水曜日

散花女侠

 この「散花女侠」とは、于謙の娘・于承珠のことです。そして、この物語の主人公は、于承珠です。于謙は、歴史上実在の人物で、明朝廷の重臣です。詳しいことはこちらをご覧ください。「土木の変」で明王朝を守った経緯などは前作の『萍踪侠影録』に描かれていますが、その忠臣も政変のなかで処刑されてしまい、于承珠は張丹楓・雲蕾夫婦の弟子として育てられ、義軍=反政府軍と明朝廷軍の戦いの中でおおきく成長していくのでした。
 この物語は、朝廷軍との戦いの中で武術の腕を上げていく過程とともに、于承珠の女性としての成長する姿が描かれていますが、『萍踪侠影録』とともに物語のテンポもよく、とてもおもしろいです。
 またこの中で、霍天都が登場してきて、張丹楓の指導のもと一派の創設者たる武術のたかみを会得していく過程も描かれ、天山派の開祖としての姿が示されていきます。