2010年10月19日火曜日

龍虎闘京華 草莽龍蛇伝

 この二つの作品は、1954年に発表されたもので、梁羽生の一番最初の武侠小説です。小説は、二つの独立した作品になっていますが、内容的には一つの作品の前編、後編と見ることができるぐらいのもので、登場人物や時代的背景が共通です。
 この小説の時代は、清朝末期です。義和団とか太平天国の乱などがその背景にあるので、日本の江戸末期から明治時代といえるでしょう。果たして、この時代にこの小説に出てくるような武術の達人が実在していたのかどうかわかりませんが、闘いの構造は、主人公側=義和団対朝廷とその手先がベースになっています。ただ、義和団の中にも、いろいろな流れがあったようで、単純に清朝と対決する人民という構図ではないようです。
 登場してくる主要人物は、丁派太極拳・太極剣の使い手たちです。梁羽生の武術における表現は、金庸に比べるとかなり地味に見えますが、最初の作品ということもあって、「まあこんなものか」という程度に感じました。

 梁羽生全集はこれで全部です。全部を読み終わっての感想は、「梁羽生の作品は天山系列にかぎる」ということです。天山系列のなかでも、作品の面白さにはかなり波がありましたが、特に初期のものは読んでいてもとても面白かったです。

2010年9月5日日曜日

女帝奇英伝

 女帝とは、唐の高宗の皇后で、中国史上唯一の女帝となり、武周朝をうち立てた武則天のことです。といっても、私はこの小説を読むまでは、武則天などという名前は聞いたことがありませんでしたし、ましてや唐の時代に女帝がいたということも知りませんでした。したがって、「中国三大悪女の一人」に数えられていると聞いても、歴史的評価が正しいのかどうかも判断がつきません。
 それ故に、ここで描かれている武則天が歴史的史実に基づいたものなのかどうかもわかりません。また、武則天に仕えた上官婉児が登場してきますが、この小説のなかに描かれている人物像と歴史上の人物像とが合致するものなのかどうかもわかりません。
 ともあれ、歴史上実在した人物と架空の人物がからみあって、悲恋の武侠小説が展開されていくのですが、物語の内容についてはいつものおきまりのパターンなので、とりたててここでふれる必要は無いでしょう。
 私にとって、武則天と上官婉児という歴史上実在した二人の女性について、この小説をとおして知ることができたのが最大の獲得だったと思います。

2010年7月14日水曜日

慧剣心魔

 『龍鳳宝釵縁』は『慧剣心魔』へと語り継がれていきます。この題名は、「心の中にある魔の部分を慧の剣をもって断ち切る」といったような意味があって、仏教の経典からきているといったようなことを梁羽生はこの物語のなかで書いています。あまりうまく訳せないので、そういったことを作者が物語りのなかで語っているという、紹介だけに止めておきます。
 さて、物語は展元修と王燕羽夫婦が何者かに殺され、王燕羽は息をひきとる前に息子の展伯承に「仇は打ってはならない」と言い残すところから始まります。展伯承は母方の祖父の手下であった褚遂を頼るのですが、親たちが結びあわせようとしていた褚遂の娘・褚葆龄にはすでに意中の人がいたのでした。
 こうして、展伯承、褚葆龄、鉄摩勒の二人の子供である铁铮、铁凝さらには華宗岱の娘・華剣虹などが登場してきて、恋の芽生え、行き違いなどの若い男女間の愛憎がたっぷりと描かれるとともに、空空児、華宗岱、鉄摩勒、段克邪などの使い手の華麗なる闘いもビビッドに活写されていくのです。
 ところで、ここでは辺境の小国を侵略しようとしている「回纥」(Hui1he1 日本語では「かいこつ」)という国が登場してきます。「回纥」とは、辞書によると、「古代に北方に居住したトルコ系部族、現在のウイグル族の先祖」とあります。こうした歴史上の知らないことが出てきて、なるほどと思うのも武侠小説を読むもう一つの楽しみになってきました。
 なお、登場人物の名前で、日本語では表示できないものは、簡体字フォントを使っています。「铁」は「鉄」です。「褚」や「铮」は日本語では表示できないので、原文の簡体字のまま表示しました。

2010年6月14日月曜日

龍鳳宝釵縁

 『大唐游侠伝』の続編は『龍鳳宝釵縁』です。ここの主人公は段珪璋の息子の段克邪と史逸如の娘の史若梅です。同じ日に生まれ、親同士が結婚させることを約束しあった二人ですが、動乱の時代において果たしてそううまくはいくでしょうか?
 婚約の証として一対の釵(かんざし)をそれぞれの子供に持たせることにした親たちですが…。そして、その釵(かんざし)にはそれぞれ龍と鳳があしらわれていて、この物語の題名『龍鳳宝釵縁』の由来にもなっているのです。
 陰謀と誤解とすれ違い、いろいろな波瀾万丈な出来事があったけれど、結局ふたりはめでたく結ばれます。その具体的内容は、原作を読んでもらえればわかります。ここでは、とくに印象に残った一人の登場人物について触れておきます。それは、「安史の乱」の指導者である史思明の娘として登場している史朝英です。この史朝英の性格や位置づけが金庸の『天竜八部』の阿紫にかなり似通ったところがあるような気がして、「武侠小説にはこういったキャラクターが必要なのかなあ」と強い印象を受けました。私にとって、阿紫や史朝英のような登場人物はどうしても好きにはなれません。でも、創作となるとこういった人物を配置する必要があるのかもしれません。

2010年5月20日木曜日

大唐游侠伝

 梁羽生の作品も、いよいよ唐の時代に遡っていきます。この『大唐游侠伝』の舞台は、主に「安史の乱」の前後の唐です。恥ずかしいことに、私はこの作品を読むまでは、「安史の乱」という歴史上の出来事を知りませんでした。ですから、玄宗皇帝に反旗を翻して大燕国をうちたてた安禄山(聖武皇帝)などという歴史上の人物もはじめて知ったわけです。
 物語は、安禄山の復讐の手から逃れるために隠れ住んでいた段珪璋が、ふとしたことから安禄山に気づかれ、彼の無二の親友である史逸如が間違われて捕らえられてしまうところから始まります。この事件の前に、段珪璋と史逸如にそれぞれ男の子と女の子が生まれ、許嫁として将来結婚させることを誓いあうのですが、その子供たちの話はつぎの『龍鳳宝釵縁』で詳しく語られていきます。
 「安史の乱」の動乱のなかで、闘いと恋の物語が紡がれていく…『大唐游侠伝』をひと言で紹介すればこう言えると思います。

2010年4月29日木曜日

風雲雷電

 『風雲雷電』は、単行本2冊の小説で、梁羽生の武侠小説の中ではやや長編に位置するものの、取り立てて長編であるという印象は受けません。しかし、この小説は前置きが長くて、かなり読み進まないと、物語の骨格が見えてきません。一冊目の後半あたりからやっと登場人物も出そろってきて、物語のテンポもよくなって、面白くなってきます。
 この小説の題名の「風雲雷電」は、梁羽生自身も作品のなかでふれていますが、4人の主人公のニックネームをただつなぎ合わせただけのものです。つまり、「黒旋風」「雲中燕」「轟天雷」「閃電手」がそれです。しかし、これらの主人公の出自にはきわめて興味深いものがあります。屠百城の「関門弟子」としての「黒旋風」こと風天揚、「雲中燕」を名乗る成吉思干(ジンギスカン)の孫娘にあたる貝麗公主、梁山泊百八星の一人凌振の末裔にあたる「轟天雷」こと凌鉄威、耿照の息子の「閃電手」こと耿電と、登場人物の経歴の多彩さはこの物語のひとつの特徴となっていると言えるでしょう。
 また、「黒旋風」と「雲中燕」との恋や、梁山泊百八星のひとり秦明の末裔・秦龍飛と金の完顔長之の娘完顔璧との恋など、本来は敵同士の間柄でありながらそれを越えて結ばれていく物語の展開は今まではあまり見られなかったので、新鮮な感じを受けました。
 宋代の最後を締めくくるこの作品には、いままで登場してきた武林天驕こと檀羽沖や笑傲乾坤こと華谷涵、さらには李思南などの過去の主人公も次々と登場してきて、そうした意味でも「豪華キャスト総出演」という印象が強いです。
 この作品のなかには、梁山泊=『水滸伝』についての記述もあり、これも私にとっては興味深いものでした。

2010年4月12日月曜日

瀚海雄風

 題名の『瀚海雄風』は日本語では「かんかいゆうふう」とでも読めばいいのでしょうか。中国語で瀚海 (han4hai3) とは、大砂漠のことです。「大砂漠に雄々しき風が吹く」となると、この小説の中身もかなり推測できるのではないでしょうか?
 時代は、『鳴鏑風雲録』よりすこし前で、南宋、金、西夏、そして蒙古が入り乱れているあたりです。物語は、蒙古に徴用されて音信不通の父を捜しに大砂漠を越えて蒙古へ向かう李思南をめぐって始まります。しかし、物語の後半は金の国師でありながら蒙古にも内通している陽天雷を「清理門戸」する闘いに焦点が絞られていきます。
 そして、おきまりのパターンとして、若い幾組かのカップルの間の行き違い、すれ違いの果ての恋の成就が連綿と描かれていきます。ここまで数十冊も梁羽生の武侠小説を読んでくると、だいたいパターンも読めてきます。それにしても、広大な中国で、偶然にしては都合よくばったり出くわす機会があまりにも多いですなあ!

2010年3月18日木曜日

鳴鏑風雲録

 この『鳴鏑風雲録』は、単行本で4冊、140万華字ですから、『狂侠天驕魔女』とともに梁羽生の小説のなかでも最も長い部類に入ります。題名の「鳴鏑」 (ming1di1) とは、「かぶら矢」のことですが、作品を読み終わっても、内容とかぶら矢がどう結びつくのかよくわかりません。まあ、かぶら矢がブンブン鳴り渡るように、戦いもあちらこちらでけたたましく繰り広げられるとでも思って頂ければいいでしょう。
 さて物語の内容ですが、最初は、江湖から身を隠し洛陽に隠棲する高手・韓大維の娘韓佩瑛が虎威镖局に守られて許嫁の谷嘯風がいる揚州へむかうところから始まり、谷嘯風に別の結婚を約束した相手がいて、話がこのあたりを長々と語られていくので武侠小説というか恋愛小説というかちょっととまどうところがあるのですが、そこを我慢して読み進めていくと少しずつ話が面白くなっていきます。
 この小説には、何人もの少年少女が登場してきて、しかもそれぞれが高名な使い手の弟子であったり子供であったりして、彼らが誤解や行き違いを乗り越えて戦いのなかでカップルになっていく過程が一番の見所であると言えるでしょう。
 ところで、主人公は誰かと考えたら、やはり公孫璞でしょう。それは、前作の『狂侠天驕魔女』から約束されていたことなのですが、それにしても強い。
 物語の内容については、登場人物も多く、到底ここでは書き切れません。どうしても知りたい人はやはり原作に挑戦して頂くしかないでしょう。
 

2010年2月23日火曜日

飛鳳潜龍

 全集のなかで、89ページばかりのこの短編は、いままでの梁羽生の作品とはやや趣が違います。短編であるがゆえに、物語のテンポも速いし、誰が「奸細(スパイ)」かという謎解きもあって、中国語の多少難しい表現などは読み飛ばして、一気に読み終える楽しみがあります。
 登場人物は、御林軍統領の完顔長之(wan2yan2chang2zhi1) ぐらいが前作に引き続いて出てくるだけで、まったく前作とは関連がありません。
 金が宋から奪い取った武術の秘伝を取り返そうとする「潜龍」を名乗る正体不明の使い手、密かに金に潜入して妻にも自らの正体を隠してこの秘伝を盗みとろうとする蒙古のスパイ、そして彼らの過去には意外な結びつきがあって、最後まで目が離せません。
 長編ばかりが続いてきたこの時代をめぐる作品群のなかで、息の抜ける一作でした。

2010年2月11日木曜日

狂侠天驕魔女

 『武林天驕』の続編ともいえるこの作品は、単行本で4冊、158万字にもおよぶ長さで、梁羽生の作品群のなかでも一二を争う長編です。
 このおどろおどろしい題名は、じつは登場する三人の主人公の「外号(wai4hao4)」(ニックネーム)を重ねただけのもので、それ自体はなにも意味がありません。つまり、狂侠・笑傲乾坤こと華谷涵、武林天驕こと檀羽沖、蓬莱魔女こと柳清瑶です。この三人の主人公を中心に男女間の微妙な恋心の変遷を横糸に、さらに金、南宋、遼、西夏、蒙古などを巡る戦いを縦糸に、そしてなによりも彼らの持つ「武功」を華麗なる紋様として物語は紡がれてゆくのです。
 ところで、この物語に出てくる武林天驕こと檀羽沖は、『武林天驕』のなかの檀羽沖とは生い立ちなど微妙に違っています。そうだったら、同じ名前でここに登場させない方がよかったのにと思えるほどです。でも、このいい加減さが梁羽生の作品のひとつの特徴でもあるわけで、おおらかな大陸的寛容さでもって、ヨシとしておきましょう。