2007年9月13日木曜日

冰魄寒光剣 (13)

 山をおりた桂華生は、国境をこえネパールへと入った。折しも季節は旧暦五月、いたるところに鳥のさえずりが聞こえ、花の香りがただよっている。まさに山中の氷雪の世界と比べれば別天地である。現代の旅人が「東方のスイス」にたとえるような風光明媚な風景を目の当たりにして、桂華生はしきりに「なんて静かで美しい景色だろう」と讃えるのであった。
 また、ネパールは仏教国でもある。とくに桂華生の興味をひいたものに、塔の四方の面に四対の目が画かれている仏塔がある。この目は「慧眼」といって仏陀の智慧と慈悲をあらわしているということをネパールに来てから知った。このような塔を初めて見たのは魔鬼城のなかであり、そのときは奇異に感じたのであるが、見慣れればたしかに美しいし、穏やかで優しく魅力的である。
 行くこと十数日、ネパールの都・加徳満都(カトマンズ)についた。カトマンズは、周囲を山々に囲まれ、まさに天然の城郭をなしている。この「加徳」は木を意味し、「満都」は寺を意味するという名前の由来通り、街々には大小の寺があり、その多くは木造であった。桂華生は、カトマンズに来て、この都がすっかり気に入った。
 街をぶらついているうち、喉の渇きをおぼえた彼は、一軒の酒屋に入った。そこで、五十過ぎのひとりの老人と知り合い、すっかり意気投合したのであったが、この老人こそネパール随一の神医と称されている巴勒(バレイ)であった。