2007年10月17日水曜日

冰魄寒光剣 (16)

 背後から襲ってきたのは、三寸もある銅の釘の暗器であった。桂華生は、「鉄琵琶指」の技を使ってこの暗器をはじき飛ばしたが、十本の指がみなしびれてしまうほどその威力はすさまじかった。ネパールの都に来たその日にこのような強敵に出会うとは、まさに心中寒からぬものがあった。
 暗器をはじき飛ばしたそのとき、桂華生は捕まえていた総督を放したが、彼はひそかに総督の「天枢穴」に点穴をほどこしていた。「天枢穴」に点穴された総督はおおきな叫び声をあげ、地べたの上をのたうちまわっている。さらに巴勒に襲いかかろうとした武士にたいして、桂華生は「劈空掌」の技をくりだし、一挙に七、八名を地べたに這いつくばらせてしまった。
 混乱のなか、「どけ!」という一喝とともに、ひとりの髪が長く、彫りの深い顔立ちの男がはいってきた。「中国から来たのか?」「腕がたつな!」というや、手を伸ばして桂華生の手を握った。桂華生は、とっさに気をめぐらせ対抗したが、巨大な力が押し寄せてきたかとおもうと、突然消え、かろうじて身を支えるのが精一杯であった。だが、桂華生もだまってはいない。攻撃をかわすと同時に急所に点穴をおみまいしてやったのだ。しかし、この男は「閉穴」の技も会得していてびくともしない。しかもその技は、中国の一流の使い手に勝るとも劣らない高みに到達していたのである。
 「おまえは、わしとたたかってみるだけの資格はあるな。」 こう嘯くこの男こそ、アラブ第一の使い手・ティモダドである。
 「あの隅にある蝋燭が燃え尽きるまえに、おまえを倒せなかったら、見逃してやる。しかし、おまえを倒したら、総督に楯突いた以上、総督におまえを始末して頂くことにするが、いいな。」
 ティモダドは、もうほとんど燃えてしまって、消えるまでに半時もかからない巨大な蝋燭を指さしていった。
 「よし。」 こうして、桂華生とティモダドの壮絶な闘いがはじまった。