2007年6月14日木曜日

冰魄寒光剣 (8)

 山を下りた桂華生は、遙か彼方の「魔鬼城」の白い塔を眺めて、「ネパールの王子のチベットに対する野望はまだなくなったわけではない。マイシ・ジャナンに、『ラサにいって活仏様に会い、白教法王様の誠意を伝えてほしい。』と頼まれたことを忘れるわけにはいかない。」と、思いを新たに、ラサに向かったのであった。
 ラサの街に入った時は、夜もおそくなっていたが、行き交う人も多くたいそうにぎやかであった。どの天幕にも線香がたかれ、蝋燭が灯されていて、おおくのチベットの人々がお参りしていて、なにかのお祭りのようであった。桂華生はひとりの老人を呼び止めて、なんの祭りかとたずねた。すると、明日が四月八日で釈迦の誕生日であり、活仏のダライがみずから祭りを執り行いボダラ宮まえの三つの大殿が解放され、活仏を見ることができるということが判明した。しかも、あすはチベット歴で三月十五日で、あの白衣の少女が別れ際に、手のひらを三回押す仕草をしたのは、三五十五で、明日のことを意味しているのではないか、明日会う約束という意味かも知れない、などと思いを巡らすと、その夜は眠ることができなかった。
 次の日、桂華生はボダラ宮まえの人混みで、白衣の少女を捜したが、手がかりすらつかめなかった。いや、それどころか何者かに背後から不意打ちされたのである。そうこうするうちに、活仏・ダライが人々のまえにあらわれた。ひれ伏しながら、ひそかに窺うと、ダライの背後に居並ぶ僧のなかに、かつて「魔鬼城」で手合わせしたことのある真っ赤な袈裟をきた僧の姿を認めたのであった。「どうして彼もきているのだ?」 桂華生は、渦巻く陰謀のにおいを感じたのである。
 その夜、桂華生は白衣の少女に会いたい一心で、ボダラ宮の周りを探し回った。そして、絶妙な軽功を駆使してボダラ宮のなかへとしのび入った。ダライのいる部屋のそばまできたとき、警備の僧たちに気づかれた桂華生は、赤い袈裟の僧をはじめ三人の僧との壮絶なたたかいに巻き込まれていった。一対一で戦えば、桂華生の敵ではなくとも、三人ではいかんともしがたい。物音にダライも出てきて見守る中、黒衣の僧の竹杖が桂華生の胸の「檀中穴」を突こうとしたとき、「女護法様が活仏様にお目にかかりたくお越しです。」という僧の声がし、「お入りを」というダライの返事とともに入ってきたのはなんとあの白衣の少女であった。